投稿日:2013年11月25日|カテゴリ:コラム

「岩合光昭の世界ネコ歩き」という番組をご覧になった方がいらっしゃるだろうか。NHKBSプレミアムで2012年から放映しているドキュメンタリー番組。2013年からは月1回のレギュラー番組となっている。
内容は動物写真家の岩合光昭さんが世界各地の猫を動画で撮影しているだけのもの。特別の解説はなく、簡単なナレーションがついているだけ。ただ、基本的に撮影のポジションが猫の目線になっている点がこれまでの動物をテーマにした映像と異なる。そう、このカメラアングルがポイント。ネコとお付き合いしていただくためにはこの目線でなきゃだめなのだ。
たまたまチャンネルを回している時にこの番組と出会い、ネコ好きの私はいっぺんでファンになった。世界各地の町や集落を歩き回る野良猫たちがどこでもそれぞれの情景の重要な一部となっている。そこに住む人々の生活の中に溶け込んでいるのだ。
この番組を観て感心するのは、岩合さんが話しかけながら直近までカメラを近づけても、ネコが逃げずにマイペースで振る舞っていることだ。岩合さんが発する動物好きのオーラもさることながら、それぞれの町の人たちの日頃からのネコに対する愛情を物語っていると思う。人間からひどい目にあったことのあるネコは、人間が一定距離以内に近づこうとすると逃げ出す。だから、「ネコ歩き」に登場する町ではネコと人間がゆったりと空間を共用していることを証明している。
またもう一つ面白いことは、洋の東西を問わず、どの国の人もネコにしゃべりかける時には皆猫撫で声になるということだ。言語は違っていても日常会話より数度高い声音で猫に語り掛ける。赤ん坊に語りかける時も高い声音になる。人間は可愛いと感じた相手には高音でコミュニケーションをとろうとするようだ。

人間と最も親しい動物と言えばネコとイヌだが、イヌとネコは約5500万年前に生息していた体高10cmほどのイタチのような「ミキアス」という同一の祖先に由来する。ミアキスは亜熱帯林に生息して雑食であったようである。
このご先祖様から4000年前ヘスペロキオンという動物がイヌへの道を選んで草原へと旅立った。その後何回かの系統分岐を繰り返しておよそ1000万年前に現在のイヌの元、オオカミに進化した。
一方、ネコの祖先は森林地帯に留まるとともに肉食に特化していった。約4000万年前に生息されていたと思われるディニクチスという動物はすでに現在のネコとほとんど変わらない。つまり、イヌは何回も進化の過程を繰り返してイヌになったのに対して、ネコは頑固に昔からネコであったのだ。
イヌは狩猟採集に際して猟犬や番犬として必要とされて、かなり昔からヒトの社会に組み込まれていった。一方、ネコとヒトとの共存関係はイヌに比べて歴史が浅い。訓練でいろいろな芸を覚えることをしないネコは猟の相棒にはならず、また臆病な性格なのでとても番ネコは務まらないからだ。
ヒトがネコを必要とするようになったのは人間が農耕を始めてからだ。農耕の開始に伴って鼠が人間最大の敵になった。そのネズミの天敵として約13万1000年前に中東の砂漠に生息していたリビアヤマネコが重用されるようになった。客観的な証拠としてはキプロス島の9500年前の遺跡からネコの遺体が見つかっているのが最古。このようにヒト社会におけるネコのデビューはかなり最近のことなのだ。
しかも、ご主人様に認めてもらえるために懸命に努力するイヌと違って、ネコはたまたま人間にとって厄介な鼠の天敵だったというだけのこと。ヒトのために働いているわけではなく、あくまでも勝手気ままに暮らしているだけ。
ところが、都市社会になるとネコの手を借りなくてはならないほど、私たちの生活に鼠が浸食しているわけではない。それでもネコの人気は衰えない。ネコが私たち人間に愛される理由とは何だろう。それはただ純粋に可愛いことと、人の気を汲む能力に長けていることだろう。
ネコは本当に何の役にも立たない。だが、それでいい。ネコはただそこにいるだけで私たちの心を癒してくれるから。

【当クリニック運営サイト内の掲載記事に関する著作権等、あらゆる法的権利を有効に保有しております。】