投稿日:2013年9月23日|カテゴリ:コラム

私が幼少の頃は港区の白金台町の実家から富士山が見えた。やがて目黒駅の近くにラブホテルができて富士山を眺めることができなくなった。
現在の若者は信じられないかもしれないが、白金台に限らず、昔は東京の至る所から富士山を見ることができた。今でも、目の前に遮蔽する建物がない地域では福島県からも富士を眺めることができると聞く。富士は日本一の山なのである。ところが、高いビルが林立した現在の都市では富士山を眺めるどころか、本来の地形さえも分からなくなってしまった。

今年は日本各地を、これまでに経験をしたことがないような局地的豪雨が襲った。豪雨のことをよく「バケツをひっくり返したような」と言う表現を使うが、この「バケツをひっくり返した」時の降雨量は1時間当たり30~50㎜だ。ところが今年の局地的豪雨はこの域を超え、1時間当たり80㎜以上に達することも少なくなかった。これだけの豪雨になると「滝のような」をも通り越して、「息をすることも困難な恐怖」を感じるらしい。
被災した人は口を揃えて、「こんな雨は生まれて初めて」と言う。気象庁の特別警報にも「これまでに体験したことがないような」と言う表現が使われている。二酸化炭素だけが犯人かどうかは別にして、地球温暖化が確実に進んでいる表れと思われる。温暖化が着実に進んでいけば、これからはこういった自然災害が日常化するだろう。
ところで、過去に経験したことのない災害によって普段忘れていた事実を思い知らされることがある。例えば、先の東日本大震災時に浦安で見られた地盤の液状化現象がよい例だろう。現代的な街並みが、実は元は海の上であり、最近埋め立てられて陸地になった場所であることを改めて思い知らされた。

この夏の異常豪雨によって全国各地で床上、床下浸水したが、その多くは川沿いであった。東京でも局地的に浸水被害が起こったが、過去幾度となく住民を苦しめた神田川の氾濫はなかった。環状7号線の地下に巨大貯水槽をはじめ、いくつかの治水対策の努力が実ったのだろう。
ところが、川なんか見当たらない土地での局地的水害が相次いだ。当院のすぐ近くでも床上浸水騒ぎがあった。大塚駅南口からパチンコ屋の横を入る大塚三業通りと言う小道沿いに、半地下駐車場の車が浮くほどの浸水事故があった。
最近転居してきた人は浸水を寝耳に水の出来事としてびっくりしていたが、古くからの住人は皆「あ~~やっぱり」。なぜならば三業通りはもともと谷端川と言う川だったのだ。大塚はこの谷端川沿いに85軒もの料亭が立ち並び150名を超える芸者が行きかった花柳の巷だったのだ。
その後、川を埋め立てて道にしたが、本来川であった土地は水が集積しやすいし、地下には伏流水が流れていることが多い。アスファルトで固められてしまうと普段は全く分からないが、いったん大雨が降ると本来の地形にしたがって水が集まって溢れる。
元の地形を知るためには、代々その土地に住んでいる人に話を聞くに限る。しかしそれ以前に、地名でおおよその見当がつくことが多い。
一見平らに思える東京に「坂」のついた地名が多いことは、東京が案外起伏のある地形であることを表している。ということは、「池○○」だとか「○○沼」とか「○○川」といった、水偏のついた土地はたいてい昔池や、沼地や川辺だったところだ。地盤が軟らかく、大雨の時に水が溢れやすい。建築には不向きな土地と言える。

長続きしない物事や実現不可能な計画のことを喩えて「砂上の楼閣」と言う。由来は砂の上に建てた高い建物はどんなに立派に作っても基礎が柔らかいので倒れるおそれがあることからきている。ところが、本来の地形が失われてしまった都会では、喩ではなく現実に倒壊の危険性がある土地に立派な建物が建てられることが少なくない。
マイホームを建てるならば、家の間取りを考える前に、その場所のもともとの地形を知っておく必要がある。一世一代の買い物であるマイホームが砂上のマイホームであってはならないからだ。

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