投稿日:2013年6月3日|カテゴリ:コラム

多くの方が理科の授業で進化の系統樹というものを目にしたことがあるだろう。生物の進化やその分かれた道筋を枝分かれした図として示したもの。樹木の枝分かれのように描かれるために、こう呼ばれる。枝分かれは系統の分岐を示し、枝の長さ、高さは進化の程度や時間経過を表す図 1。

多くの研究者によっていろいろな系統図が描かれてきたが、その多くは右の図のように、その頂点にヒトを配する。この図を見てもほとんどの人が違和感を覚えない。日頃から「進化の頂点に立つ人類」といった表現に慣れているからだ。
しかし、本当に人類は進化の頂点に立っているのだろうか。人類最速のウサイン・ボルトだってスピードではチータの足元にも及ばない。ライオンやグリズリーに勝てる格闘技の選手はめったにいないだろう。地上の世界でさえもヒトの能力はとても頂点とは言いがたい。
地べたを離れると、ヒトはもっとみじめな存在になる。水中で魚に負けるのは致し方ないとしても。哺乳類の中でも決して優秀なスイマーとは言えない。クジラやイルカは特殊な例としてもアザラシやビーバーなどの泳ぎにも遠く及ばない。
空中になると、さらにヒトの出る幕はない。哺乳類の仲間では蝙蝠やムササビが健闘しているが、地上から離れた世界に君臨しているのは鳥類である。鳥類が数億年前まで地球の覇者であった恐竜の一部が進化したものであることは、現在多くの科学者に承認されている。巨大隕石の衝突によって絶滅したとされる恐竜だが、実は重力に縛られて急激な環境変化に対応しにくい地上を離れて、大空を活躍の場に代えただけなのかもしれない。
こう考えれば、とてもヒトが地球上の生物の頂上などとは言えないはずだ。ヒトが大きな顔をしていられるのは地上のごく一部の地域に限られる。しかも、単独で自力だけでは1年を通して生きていくことさえ困難だ。それほどの身体能力的には、か弱い存在なのだ。

確かに、われわれ人類はここ数万年ほど、地上で繁栄を極めている。それは生息地域の広さから見ても、食物連鎖の関係から言っても否定はできない。しかし、そのことが直ちに進化の頂点ということには結びつかない。なぜならば、人類の登場は地球46億年の歴史からいって、ほんの一瞬前のことでしかない。
地球誕生から現在までの46億年を1年365日のカレンダーにたとえてみると、現生人類であるホモサピエンスの誕生は12月31日午後11時37分頃になる。キリスト降誕が午後11時59分46秒。エネルギー消費文明の黎明とされる産業革命となると、なんと午後11時59分58秒の出来事になる。
ヒトはぽっと出の新参者に過ぎない。一日換算で3日間ほど君臨した恐竜の偉大さとは比べるべくもない。たまたま、ここ数千年の地球環境に適した形質を持っているために、今のところ繁栄しているに過ぎないのだ。そもそも進化に頂点などあるのだろうか。
進化とは、生き物の持つ無数の能力の中で、発達している形質の種類と程度の違いにすぎない。ヒトは深い海に潜ることも、空を飛ぶことも、地上を高速で走り回ることも、大木をへし折るほどの怪力も持っていない。人類が現時点で地球生物の頂点にあるとみられる形質は、生物が持つ数え切らないほど多様な形質のうち大脳皮質が特異的に発達したことによって獲得した、「知能」の高さと、「生殺与奪権」の強さだけなのだと思う。そして知能の高さこそが生物としてもっとも大切な形質だという考えは思い上がりに過ぎない。
ヒトは自分を中心にしか見ていないから、体毛がなく直立してペラペラ嘘をしゃべる動物を進化の頂点などと言っているが、宇宙レベルで考えれば夜郎自大というものだ。我々は生物全体の中では相当に相当風変わりな奇形児みたいな存在だ。深海にすむ生き物を見て「へんちくりん」というが、大多数の動物から見れば、深海のへんちくりんと同じくらいくらい、へんちくりんな生き物なのかもしれない。悪いことに、深海のへんちくりんが他の生物に迷惑をかけずにつつましく生きているのに対して、ヒトは他の生物に多大な犠牲を強いることによって生きている。かなり傍迷惑なへんちくりんなのだ。
今のところ我が世の春を謳歌している人類も、気温や放射線濃度など、地球の環境が少しでも変われば、あっという間に滅びるだろう。しかもどうやらヒトは自分たちの手で、この貴重な最適環境をせっせと破壊しているようだ。人類滅亡後も地球に生き延びる生物はたくさんいる。菌類、植物、ゴキブリなどの昆虫、クマムシ等々。その時代の覇者は彼らなのだ。

私たちは、地球環境がたまたま我々の形質とうまく適応している、ほんのわずかな時期に生を受けた幸運に感謝しなければならない。その謙虚さを失わないためにも、進化の説明には系統樹ではなく系統円を使用することをお勧めする図 2。

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