私は僧侶と間違われるほど短いヘアスタイルにしているために2週間に一度、散髪している。周囲からは「まだそんなに伸びていないじゃないか?」と言われるのだが、2週間が我慢の限界だ。本音を言うと週1で散髪したいのだ。髪を刈って1週間もすると襟足の辺りの感触が気に障ってくるからだ。
ところで、私くらい短い刈りこみは美容院ではできない。短い髪型ほど腕の良い床屋でないと難しいのだ。だが、QBハウス*1の ように殴るのではなく、散髪に始まり、顔剃りや襟剃り、洗髪、耳の中の手入れ、整髪、最後の首、肩のマッサージに至る本格的な理髪をしてもらうためには約 1時間半かかる。だから、私の生活の中で、理髪のための時間を確保することは最重要事項だ。新しいカレンダーを入手し、1年分の定期的な仕事のスケジュールを決める際に理髪の日時を優先するのは言うまでもない。
さて先日、私が床屋に行こうとしたら、家内から「そんなにむやみに髪の毛を切っているところを残り少ない髪を大事にしている禿の人に見られたら殺されるわよ」と言われた。
確かに、髪の毛の薄い人は残っている髪の毛を長くしている場合が多い。最終的な髪型は、残っている髪の部位と量によって変わるが、側頭部の長い髪をすくい上げて頭蓋を横断させる、所謂「バーコード」型がポピュラーだ。
ゴルフ場の脱衣場の鏡の前では、数少ない髪の毛を頭皮全体にくまなく振り分ける作業に苦心している方を数多く見かける。湯上りで髪の毛に水分が多いうちは 上手に配分されていても、やがて乾いて風に晒されたら、せっかくの苦心も水の泡ではないだろうかと、人ごとながら心配する。
禿はホルモンの関係から圧倒的に男性の方に多いのだが、女性にも見られることがある。その一つが結髪性脱毛症だ。これは髪の毛を習慣的に強く引っ張ることによって毛乳頭の細胞の老化が進んでしまうために起こる脱毛症。
明治女であった私の祖母は結婚後、丸髷(まるまげ)*2という日本髪を結っていた。このヘアスタイルは後頭頂部の髪を強く引っ張る。その結果、晩年の祖母は髷を解くと、後頭部に直径10cmほどの禿があった。
現在丸髷を結う女性はいないが、長期間ポニーテールにしていると同じ理屈で前頭部の生え際が後退していく。神田うのの広すぎるおでこはおそらく結髪性脱毛症ではないだろうかと言われている。
過度の機械的進展が毛根に対してよからぬ作用を及ぼすのは女性に限ったことではない。男性の毛根だって長期間引っ張り続けられれば脱毛に発展する。だから、髪の毛の将来を心配する人にこそ短い髪型がお勧めなのだ。
男 性型脱毛から生き残った髪の毛を長くのばしておきたい気持ちも分からなくはない。もし、刈ってしまった髪が二度と伸びてこなかったらどうしようという不安 が頭をよぎるのだろう。しかし、長期間長くしておくと、髪の毛の自重によって毛根部に負担が加わり、虎の子の髪の毛が今度は結髪性脱毛によって失われてし まう危険性が高い。残った髪を大事にするのならばできるだけ短くして毛根部に負担をかけない方がよいのだ。
それにうんと短くしておくと禿が目立たない。髪の毛のあるところとないところの境目がはっきりしないからだ。また、白髪も目立ちにくい。私は相当に白髪が増えているのだが、散髪直後にはこれが目立たない。2週間後の散髪直前になるとゴマ塩頭であることが歴然とする。
ともかく、髪の毛が薄くなってきた人は残っている髪を長くするのはやめた方がよい。もっとすすんで、薄くなる以前から短髪にしておく方がよい。
だ がここで問題になるのが床屋の激減だ、短いヘアスタイルヘアスタイルが上手なのは美容師ではなく理容師だ。ところが、若い男性はどういうわけか床屋には行 かず、こぞって美容院にいく。この床屋離れが長く続いたために理容業は構造不況となった。そうなると理容師のなりてもなくなる。こうして多くの床屋が廃業 に追い込まれた。現在なんとか営業している床屋の平均年齢は相当に高い。このひとたちがいなくなった後、床屋というものがなくなってしまうと思われる。
髪が後退し始めて、美容師の手に負えない状態になってから慌てて床屋を探しても、その時にはもう床屋は町から消えているかもしれない。
男性諸君、婦女子に混じって美容院で髪を弄くりまわされていないで、ぜひ床屋へ行こう。そして、床屋を復活させようではないか。
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*1:QBハウス:1996年ころから全国に店舗を展開する、「10分、1000円」を売り物にする床屋。顔剃りや洗髪を行わずに、散髪後掃除機を使って頭部に残った髪の毛を取り除く。
*2:丸髷:江戸時代から明治時代を通じてもっとも代表的な既婚女性の髪形。