投稿日:2013年1月14日|カテゴリ:コラム

上下スエット、サンダル履きで歩いている時と、ピシッとタキシードを着てエナメル靴で歩いている時とでは、自然と歩き方が違ってくる。だらしない恰好をしているとずるずると引き摺るような歩き方になる。一方、おしゃれな格好をすると、背筋が伸び、膝が上がり、歩幅まで広くなる。
女性の場合もそうではないだろうか。ジーンズを履いて男みたいにガニ股で闊歩する女性も、振り袖を着るとしゃなりしゃなりと内股でおしとやかな歩き方になる。
さらに、気分まで違ってくるから不思議だ。だらしない恰好だと沈滞していた精神状態が、正装できめて、きびきび行動していると、気分がしゃきっとして、やる気まで出てくる。振り返ってみれば皆さまにもこういう経験がおありだろう。
だから、病院で、一日中パジャマ姿でベッドに縛り付けられていると、身も心も病人になる。ある程度病気の具合がよくなったならば、外出許可をもらい、着替えて、近所を散歩することをお勧めする。その方が治りが早くなることが多い。

人は脳と身体の関係をどうしてもヒエラルキーをもって考える傾向がある。すなわち、脳の方が優位で、それ以外の身体は脳によって支配され、従属するものと思い込みがちだ。確かに、多くの身体機能は脳の支配を受けて調節されている。しかし、脳にさまざまな情報を与えるのは身体各部なのである。身体各部からの入力が無ければ脳は正常に機能しない。実際には脳とそれ以外の身体との関係は双方向性であって、一方的な従属関係ではないのだ。
人が他の動物ともっとも異なるのは大脳皮質が異様に発達したことだ。だがこの発達の原因は直立歩行をするようになり、前足を歩行以外の用途に使えるようになったことにある。手や指先を細かい作業に使用することによって大脳皮質が発達したのである。そして大脳皮質が発達することによって指先はますます繊細な作業をすることができるようになった。つまり、発達過程から言っても、脳が先で身体が後というわけではないのだ。
そこで、脳機能の調整には脳そのものに働きかける方法の他に、身体面を整えることによって脳を正常化することができる。つまり、精神的に低調な時でも。健康な時のような身なりで、健康そうな行動をすると気持ちの方が回復してくるのだ。

軽症のうつ状態の患者さんに、「そろそろ外に出て活動してみましょう」と言うと、「まだそういう気分になれません」とおっしゃることが少なくない。これは先ほど述べた脳優位の固定観念から発せられる言葉である。確かに、まだ完全に回復していない状態なのだから、積極的に動きたくないのは分かる。しかし、「やる気が出なければやらない」ではいつまでたってもその状態が続くか、あるいは再びうつ状態が悪化する可能性が大きい。
じっと壁に向かって座り込んでいれば、健康な人間でさえあらぬ心配事が頭をよぎり、徐々に憂うつになってくる。逆に、少し虚勢を張り、おしゃれをして健康そうにふるまっていると、次第に気分の方が持ち上がってくる。つまり、「病人のふり」をしているとどんどん不健康になり、「元気なふり」をすることによって、本当に元気になってくることがあるのだ。
殊に、最近増加している新型うつ病とも言われる、うつ病もどきの人はこの「元気なふり療法」が極めて有効なので「気分がよくなったら」などと言っていないで積極的に行動した方がよい。
森田療法を考案した森田正馬は、この機序を「外装整えば内容自ずから整う」と説いている。森田療法とよく比較される精神分析では「心の原因を解決しなければ健康な行動はできない」と考えている点が森田の考えと対極的である。

ただし、狭義の重症うつ病の方は決して無理をしてはいけないから、元気なふりをしてよいかどうかの見極めは専門医に任せなければならない。

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