投稿日:2012年10月15日|カテゴリ:コラム

最近は躾(しつけ)と称して我が子を殺す親が珍しくない。被告人のいい訳を聞くと、「言うことを聴かなかったから躾のつもりで殴ったら、ぐったりしてしまった。」と言う。どんな理由であれ、圧倒的に力の差がある者に対して、生命を脅かすような暴力を振るうなんて許されることではない。ましてや、我が子を手にかける畜生以下の行為は言語道断である。
まさか「暴力はいけません!」と叱りながら息子を殴り殺したりはしていないだろうが、彼らの言う躾とは一体どのような躾だったのだろう。

私が幼い頃親から口を酸っぱくして言われたことは「嘘をついてはいけません」、「他人から何かしてもらったら、ありがとうと言いなさい」、「悪いことをしたと思ったらすぐにごめんなさいと謝りなさい」等々であった。
こういった親からの一連の箴言の中でも、特に私が度々注意された言葉は「へ理屈を言うな」であった。「口から先に生まれてきたような子だ」と言われていた私は、よほどへ理屈ばかり言っていたのだろう。へ理屈は詭弁と言う。広辞苑によると、詭弁とは、「一見もっともらしい推論で、何らかの虚偽を含むと疑われるもの。相手を欺いたり、困らせる議論の中で使われる」とある。
はて?世間を見渡してみると、私など足元にも及ばない詭弁の達人で溢れている。マニフェスト破りの政策を実施して、いけしゃあしゃあと記者会見する政治家。安全性に疑問のある原子力発電の再開の必要性を訴える電力会社幹部。
最近では、東日本大震災復興特別予算の使途説明が出色の詭弁だろう。大震災の復興のためという大義名分によって、多くの反対を押し切って、マニフェスト違反の消費税増税を決定した。さらに所得税も増税し、国民の血と汗を絞り取った結果がこの復興財源である。
ところが、この復興特別会計が被災者・被災地の救済・復興とはおよそかけ離れた使い方をされようとしていることが発覚した。全国の税務署の改築費(財務省)、刑務所で、受刑者の職業訓練用の建設機材購入(法務省)、沖縄の道路整備費(国土交通省)、高速増殖炉もんじゅの研究費(経済産業省)など。一般人の感覚からは、とても東日本大震災復興とは言えないような事業が各省庁で使われている。
なんで、こんな出鱈目がまかり通るのだろう。そのからくりは東日本大震災復興特別会計の根拠となる復興基本方針に、霞が関の官僚が仕込んだ二つの文言にある。一つは「日本の経済の復興なくして被災地の真の復興はない」。これを受けて二つ目の「被災地に一体不可分として緊急に実施すべき施策」と続く。これによって、被災者、被災地とかけ離れた事業、地域での事業支出への錦の御旗を与えてしまった。「単なる災害復旧にとどまらない活力ある日本の再生」と言うなんでもありの怪しげな基本理念が出来上がったのだ。
こうなれば、「今後起こりうる各地での大地震に備えて大勢の人が集まる税務署の耐震化が必要不可欠である。」「刑務所で建設機器の取り扱いを習得した者が出所後に被災地でがれきの撤去作業に当たる可能性がある。」という大義名分が成り立つ?!
がしかし、成り立つと思っているのは官僚と政治家だけ。ごく常識的な神経を持ち合わせていれば、そんな理屈は「風が吹けば桶屋が儲かる」式のこじつけに過ぎないことは火を見るより明らかである。これぞ詭弁。
役人の詭弁は何も今回の復興予算に限ったことではない。霞が関では従来からこのやり方が常識だ。かくして私たちの納めた税金のかなりの部分がとんでもない使われ方をしてきた。その根底にあるのは自分たちの天下り先確保であり、優雅な退職後の生活であることは言うまでもない。そのため、霞が関ではこじつけの作文の腕が出世の指標となっていると聞く。
霞が関だけではない。政治家も同じ穴の狢。最近我が国で勝ち組と言われている者の多くが詭弁の達人だ。言い換えれば、正直者は社会の負け組となっている。

こう考えてみると、多くの親たちは子供を社会の負け犬にするべくしつけてきたことになる。でも、我が子の不幸を望むはずはないから、もしかすると本音と建て前の使い分けを教えていたのかもしれない。「親のしつけの言葉は裏返しと捉え、現実には親の言っていることの反対をしなさい。ただし、あからさまであってはいけない。」と言っていたと解釈した方がよさそうだ。
確かに近頃は、どんなに自分に非があっても、謝ったらさらにつけこまれる。あらゆるへ理屈を弄してその場を切り抜けなさい。ありがとうなどといった者ならば10倍の恩を着せられる。これもグローバル化なのだろう
こんなことなら私も、「先に生まれた口先」をもっと磨いておけばよかった。そうすれば詭弁の達人となって、今よりもっと出世できたはずだ。親の言いつけを守ろうとしたために、しがない町医者に甘んじているのかもしれない。
それにしてもつくづく嫌な世の中になったものだ。

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