投稿日:2012年9月24日|カテゴリ:コラム

ネズミ講という名前に聴き覚えのある方は多いだろう。正式には無限連鎖講(むげんれんさこう)という。無限連鎖講とは、金品を払う参加者が無限に増加するという前提において、二人以上の倍率で増加する下位会員から徴収した金品を、上位会員に分配することで、その上位会員が自らが払った金品を上回る配当を受けることを目的とした団体のことである。この方法で稼ぐやり方をマルチ商法という。
マルチ商法は会員が増えることを前提にしている。しかし、人口は有限である以上、必ず破綻する。破綻することを知っていながら会員を勧誘して一部会員だけが巨万の富を売る。これは間違いなく詐欺行為と言える。このために、こういった商取引は法律によって厳しく禁じられている。それでも、元手要らずに、濡れ手に粟の銭の銭稼ぎのこの商法は、手を変え品を変えて後を絶たない。
国内で事件として扱われた大きな被害額の事件だけでも1980年の天下一家の会事件(1900億円)、2002年のグランドキャピタル事件100億円、2011年の年金たまご事件(110億円)などなどがあげられる。
私は、このマルチ商法を、ごく一部の悪い人間が犯す、犯罪商法だと思ってきた。ところが新聞の経済面記事を読んだり、診察室で患者さんから企業の実態を聞いているうちに、ネズミ講がごく一部の人間が企てる特殊な犯罪ではないような気がしてきた。現代の市場経済そのものが無限連鎖講とそう大きな違いがないのではないだろうかと考えるようになった。
この2つに共通するキーワードは日常的によく耳にする「前年度比」というやつだ。売上や収益は前年に比べて必ず増えなければならないというのが現代経済の常識になっているように思われる。前年度比がマイナスになったらそれはもう大騒ぎ。経営者は厳しく責任を追及される。そんなことになったら大変だから、社員たちが毎日朝礼で猛烈なはっぱをかけられて、前年度よりも売り上げを伸ばすことを至上命令とされる。
確かに、頑張って収益を増やせるならばそれに越したことはない。しかし、人口が減少し、高齢化していく我が国で、毎年消費が伸びていくはずがないことはちょっと考えれば分かることだ。この成長路線はいずれ破綻するのが必然である。それでも誰も強迫的に前年度比プラスを求めて止まない。破綻を分かっていながら突き進む飽くなき倍々ゲームはネズミ講と何ら変わりがない。
この意見に対しては即座にこう反論されるだろう。「市場を国内に限定せずグローバルな視点で商売をすればよい。世界的に見れば、中国、インド、アフリカ大陸などまだまだ消費は拡大する。」と。
確かに発展途上国の人口は未だに爆発的に増加している。すなわち消費者の増加であり、市場はまだまだ拡大するだろう。しかし、この拡大とて未来永劫続くはずがない。全地球規模で考えたとしても、やがていつか飽和状態となる。また現実に、後から参加する発展途上国の人々に、現在の先進国並みの贅沢を供給できるのだろうか。食糧、エネルギー、希少資源、どれをとってもこの先、供給不足に陥るのは必至である。特に食糧は、この馬鹿げた市場経済を拡大すればするほど反比例して供給が減少する。豊かな消費者を増やすということは農地を減少させることにつながるからだ。

右肩上がりの市場拡大思考は、大航海時代に始まる植民地主義が生んだ呪文のようなものだ。大航海時代はそれでよかったろう、地球に果てがあることさえよく知られておらず、次々と新しい土地が発見されていったからだ。
しかし、今や私たちは地球がたった直径1万2千6百キロメーターの限りある惑星であることを知っている。しかもヒトが生息できる陸地は全地球の1/3に満たない。生命維持に必要不可欠な、利用可能淡水は地球全体の水の0.8%にしか過ぎない。私たちは、この地球の現実から目をそらさず、そろそろ一人一人が人生観を変えなければいけないのではないだろうか。そうしなければこの地球の上でやがて100億になろうという人間が共存することは不可能だ。
経済の基準であるはずの通貨までも商品としたり、後から参加する者にババをつかませて自分たちだけが富を倍増するネズミ講のような市場経済と決別する時ではないだろうか。有限の資源をともに分けあう、倹しい生き方に変更しなければならない時ではないかと考える。

医師は極めて特殊な学問を学び、医療界という、極めて狭い世界で生きているので、はなはだ世間知らずだと思う。特に経済には恐ろしく疎い。だから、今回のコラムを経済に精通している方がお読みになったら、「なにをばかなことを言っているのか」と、一笑に付されるかもしれない。
しかし、知らないからこそ素朴に感じ取れるとも言える。経済学者がいくら難しい用語や計算式ををつかって、拡大し続ける経済の未来について私を説得しようとしても、どうしても私は納得できない。それは地球という一つのパイを彩り豊かにデコレーションするにすぎない。いくら立派にデコレーションしても目の前のパイは増えないと思うのだが・・・・・・

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