投稿日:2012年9月10日|カテゴリ:コラム

ときどき患者さんから「先生のところではにんにく注射をやってますか?」と聞かれることがある。初めのうちは「にんにく注射」って言われても何がなんだか分からないので、「ごめんなさい、全く分かりません」とお答えるしかなかった。問い合わせが続くので、にんにく注射とは何なのか調べてみたところ、何のことはないにんにく注射と呼ばれている代物はB1を主とするビタミン注射のことだった。
にんにくのある種の細胞にはアリインという化合物が含まれている。にんにくの別の細胞にはアリナーゼという酵素が含まれている。にんにくを切ったり噛んだりすると、これらの細胞が壊れてアリインがアリナーゼによってアリシンに変化する。このアリシンがにんにく特有のにおいを発する。
一方、ビタミンB1には硫黄成分が入っているために、これを静脈注射すると、注射された直後ににんにくに似た匂いが鼻と口の奥の方に漂ってくる。だから、ビタミンB1を「にんにく注射」と称して注射されると、患者さんはあたかもにんにくの抽出物を注射されたかのように思っても不思議ではない。
にんにくには昔から疲労回復の効用があると言われてきた。特に夏バテ対策として食されてきた。にんにくと言えば元気が出る、スタミナがつくという固定観念が出来上がっている。そこへ、白衣を着た人間が「にんにく注射」などという秘薬めいた物をもったいぶって高価な値段をつけて取り出せば、被暗示性の高い芸能人やスポーツ選手が飛びついても不思議ではない。さらに、いったん有名人の顧客を捉まえれば、放っておいても一般人が飛びついてくる。
にんにくが入っていないにんにく注射は詐欺商法かというとそうではない。にんにく注射の元祖であるH医師のホームページを見ると、明確にこの注射ににんにくは入っていないと書いてあるからだ。しかし合法だとは言え、たかだかビタミン剤を混ぜた注射を原価の数十倍の値段で射つという行為は、プロフェッション(職能)に似つかわしくない、品のない商売のように思える。

健康に関する商品にはにんにく注射に限らず、人間の思い込みに乗じた怪しげな代物が多い。こういう商品が出回るということは、人の究極の願いが不老不死だからだろう。「医者に匙を投げられた癌患者が助かった」、「若々しい肌が蘇る」、「男の機能が30代に蘇る」と言ったキャッチコピーが氾濫しているのも、人間の生への欲望の大きさを表しているのではないだろうか。
ところが残念なことに、不老不死は現代の科学においては不可能である。生あるものは必ず老いて死ぬ。これは自然界の摂理であって、この宿命からはいかなるものも逃れることができない。だからこそ、怪しげなものが跋扈する場となるとも言える。
アンチエイジング業界で今大流行りのプラセンタなど相当に眉唾ものだ。プラセンタ(胎盤)は妊婦の子宮の中で母体と胎児を繋ぐ役割をしている。この中には胎児を成長させるために必要なホルモンが含まれていることは事実だが、それを熟年の女性が注射したり飲んだりしたからといって、どんな効果があるというのだろう。ところが胎盤と聞くとみずみずしい赤子の肌艶を連想して、御利益があるように信じてしまうから恐ろしい。
男の機能回復薬となるとすっぽん、オットセイのペニスなど、もっと怪しげなものが多い。すっぽんは噛みつく力が強く、いったん何かに喰らいつくと何があろうと離さないことから強い精力を想像させられる。雄のオットセイはハーレムを作って何十頭もの雌と交配することからやはりたくましい生殖能力の象徴的な生き物だ。
だからといって、すっぽんの甲羅やオットセイのペニスを干して粉末にしたものを飲むと強力かつ頻回にわたる性交が可能になるというのにはあまりにも短絡的で飛躍がある。それならば、放射能を浴びても生き延びるほど生命力の強いゴキブリを煎じて飲んだり、巨大な馬のペニスを食した方がもっと効果的と言えるのではないか。
サプリメント(栄養補助食品)とは本来、とかく不足しがちなビタミンやミネラルなどの栄養素を補助するものを意味するが、この他にもハーブ、生薬、酵素、ダイエット食品など様々なものがサプリメントと称されて売られている。
このサプリメントの中には先ほど述べたプラセンタ、オットセイのペニスの類の先入観や思い込みにつけこんだ怪しげな代物も少なくない。昔から、「鰯の頭も信心から」と言うし、薬のプラシーボ効果は実証されているから、信じる方には効果がるのかもしれない。しかし、医薬品と違って基準が厳しくないために、訳の分からない成分が混入している可能性が高い。実際に、サプリメントによる健康被害の報告が増加している。思い込みで怪しげなサプリメントを摂取するのは控えられた方が賢明だろう。
最後に、鰯の頭の弁護をしておこう。鰯には動脈硬化を予防するとされている成分が豊富に含まれている。ただし食べなければ効果はない。拝んでいるだけではだめだ。

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