投稿日:2012年9月3日|カテゴリ:コラム

食べ物の好みはそれぞれだが、私は元来こってり系、がっつり系である。中でも、とんかつが大好き。幼い頃、最寄り駅である目黒駅近くにあった「とんき」というとんかつ屋に連れて行ってもらい、千切りキャベツ食べ放題で揚げたてのとんかつを食べるのが何よりの楽しみであった。
今でも、メニューにとんかつ系の物があるとどうしてもそれを選んでしまう。とんかつ定食、かつ丼、味噌かつ丼、カツカレー、カツサンド・・・・・。とにかくとんかつが絡んでいればそれだけで満足。大学近くの喫茶店のランチメニューにあったピラカツカレー(ピラフの上にカツを乗せて上からカレーをかけた代物)はボリューム満点で、今でも時々食べたくなる。
とは言っても、歳をとってくるとさすがに毎日とんかつを食べたくはなくなり、あっさりした物へ嗜好が傾く。そこで食べたくなるのが寿司なのだが、ここで問題が生じる。寿司は好きなのだが、寿司屋がどうも苦手なのである。
「よし、赤貝を食べよう」と思って、カウンターの奥に目をやると、板さんが忙しく巻物を作っている。「あの仕事が終わったら注文しよう」と思ってじっと待つ。巻物を奥の席の客に出したのを見計らって「赤・・・」と言いかけたところに、隣の客が大声で「とろ!」。板さんは「へい、トロいっちょう」と返事をしてネタ箱に手をやる。あ~先を越されてしまった。またもや板さんの手元を見ながら待っていると、奥の方から「○○さん、上寿司5人前」と出前の注文が入る。板さんは一層忙しくなってしまった。とても「赤貝」なんて言える雰囲気ではない。私はいつまでたっても赤貝が食べられなくなってしまった。
このように、寿司屋では注文のタイミングを測ることがとても難しく、食べることよりもそのことの方にばかり気を取られてしまう。
空いている時ならばよいかというとそうでもない。お客が私たち一組となると、これまた気を使うのだ。板さんにでんと目の前に陣取られて暇そうにされると、次々と注文を出さないといけないように感じてしまう。ゆっくり食べていられない。さらに、注文する品選びにも気を使う。
私は元来寿司ネタでは鰯、鯖、こはだ、鯵といったひかり物が好きなのだが、これが単価が安い物ばかりときている。好きで食べているのだが、板前に「ケチな野郎だ」と思われていないかなどという被害妄想まで抱いてしまう。ともかく、私は寿司屋に行くと精神的に消耗してしまうのだ。
こういった気疲れの心配がないのが回転寿司だ。回転寿司がこれほど普及した理由は値段の安さもさることながら、板さんの手元と顔色に気を使うことがないからではないだろうか。
ところが、回転寿司は回転寿司で重大な欠点がある。幸運にも一巡目で客の口に運ばれれば問題ないが、不運にもベルトコンベアの上をいつまでも回っていると寿司が干からびてしまうのだ。厨房に戻ってき時に霧吹きで湿らせるらしいが、洗濯ものではあるまいし、いくら霧を吹きかけても新鮮さは蘇ってこない。そもそも長時間にわたって回っていること自体、甚だ不潔である。
また、ベルトの上に食べたいネタがない時には、中にいる板さんに注文しなければならない。これでは従来の寿司屋と同じになってしまう。

家内と御殿場方面に出かけた時のこと。国道沿いに「流れ寿司」の看板を見つけた。ちょうどお腹が空いていたので回転寿司だとばかり思って、たいして期待もせずに入ってみた。ところが、この「流れ寿司」は普通の回転寿司ではなかった。注文は各テーブルにおかれている液晶端末で行う。この端末に入力すると、間もなく注文した品が透明なトンネルの中に設置されたベルトコンベアに乗って運ばれてくる。そして私たちの前までくるとベルトから押し出されてテーブルの上に置かれる仕組みだ。
実に合理的である。板さんの顔色を気にすることなく注文ができ、しかも新鮮な握りが清潔な状態で届けられる。いつ作られたか分からない干からびた寿司がぐるぐる回ってはいないのだ。従来の寿司屋と回転寿司屋のいいとこどりをしている。
この店は漁港、沼津に本店がある店の御殿場支店で、ネタも豊富で新鮮。さらに穴子のてんぷらといったサイドメニューも充実している。家内ともども大感激。それ以来、御殿場方面に行く時は必ず立ち寄ることにしている。
落語では、生まれて初めて秋刀魚を食した世間知らず殿様が、その場所がたまたま目黒であったことから、「秋刀魚は目黒に限る」と言うが、私もまさに同じ心境である。
「寿司は御殿場に限る」

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