投稿日:2012年5月21日|カテゴリ:コラム

サラリーマンNEOという番組をご存じだろうか。サラリーマン生活の一場面をカリカチュア化して、おもしろおかしいコントやショートドラマに仕立てたNHKの30分番組である。2006年4月4日から同年9月26日まで21回放映されたseason1を皮切りに毎年上期の午後10時、11時台に放映されて、昨年のseason6で終了となった。
時間帯からいって、超人気番組とは言えなかったが、いわゆるお笑い芸人を一人も使わずに、芸達者の舞台系役者を集めて抱腹絶倒の寸劇を演じさせている、NHKならではの珠玉の小品だ。大ファンの私としては、今年の放映打ち切りが残念でならない。
沢山の傑作の中でも私が特に好きなコントの一つに、主役の生瀬勝久演じる部長が、取引先相手に土下座謝罪するコントがあった。不祥事を責め、是正を求める取引先相手に理屈など述べずに、泣きを入れながら全身全霊謝り通して言いくるめてしまう。取引先が去った後、生瀬が同伴した部下に向きなおってニヤッと笑う。「どうだ!俺はこれだけでここまで来たんだ!」
ミートホープなど食品偽装事件が相次いだ時期に、ある漫画雑誌に掲載された山科けいすけの4コマ漫画も忘れられない1作だ。取締役会で、それまで閑職をたらい回しされてきたしょぼくれおやじが、突然社長に抜擢された。その人事を不思議に思う男が会長に尋ねる。「なんであんな奴が社長なんですか?」。会長が潜め声で耳打ちする。「もうすぐ不祥事が発覚する。謝罪会見と引責辞任用のワンポイントリリーフだ」。

今現在、日本中の原子力発電所はすべて停止している。福島第1原発事故の終息の目途が立っていない現在、いずれの原発の再開も容易ではない。こうして原発なしの夏を迎えようとしている。関西電力圏内を中心として猛暑日の消費ピーク時における電力不足が予想される。国民には昨年並みあるいは昨年以上の節電が強いられることになりそうだ。
一方で、原発の電力を補うために火力発電所がフル稼働し、新たな建設も進められているため、電力会社は燃料である液化天然ガス代がかさんで経営が圧迫されている。電力会社はこの燃料代確保のために電気料金の値上げを要求している。だがしかし、節電と値上げの二重苦を強いられる国民がそう容易に納得するはずがない。殊に、原発事故の張本人である東京電力に対する風当たりは強い。
そんな最中、民放各局のワイドショーに出ずっぱりで東京電力の釈明に当たった人物がいる。お客さま本部長、常務取締役、H.T.さんだ。
この人の顔を見た瞬間にサラリーマンNEOと山科けいすけの漫画を思い出した。これほど謝り役に適した人物はあまり見かけない。風貌といい、もの言いといい、さしずめ謝罪のプロと見た。なんといっても、3万6千人の東京電力社員の中からこの役に厳選されたのだから、すご腕であることには間違いがないだろう。そもそもお客さま本部長という肩書がすごい。お客様の苦情処理係は大抵の会社で花形ではない。にもかかわらずH.T.さんは常務取締役。
ここで思った。謝罪役に適した資質とは何だろう。なにを差し置いても外見ではないだろうか。スリムな体型。目と眉が垂れていること。皮膚が脂ぎっていてはいけない。声も大事。明瞭であっても、大声ではいけない。H.T.さんの「はい」はすべての呼気を声に変えない。息の半分はそのまま漏らす。残りの半分を使って「はい」と発生する。いかにも誠実そうに聞こえるから不思議だ。
H.T.さんと対照的なのが生ユッケ食中毒事件の「焼肉酒家えびす」の社長。ヤンキー顔で、朝の点呼のような大声で土下座されてもしらじらしいだけだ。小沢一郎も謝罪には不適な外見である。いくら彼が誠心誠意謝罪したとしても、どこか傲岸不遜と映ってしまい、永遠に説明責任を問われそうだ。
もちろん、いくら外見ばかり取り繕っても、中身が伴わなければ心底相手を納得させることはできないが、外見の重要性は侮れない。
私は患者さんからしばしば「上から目線で高圧的な医者だ」とお叱りを受ける。これはひとえに私の不徳の致すところなのだが、謝罪に不向きな外見も災いしているのではないだろうか。
最後に、H.T.常務の名誉のために一言付け加えさせていただく。H.T.さんはけっして生瀬演じる部長のように、「これだけでここまできた」方ではない。彼は技術畑を歩んできて、大震災前の平成22年6月に常務取締役に就任されている実力派だ。

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