投稿日:2012年4月2日|カテゴリ:コラム

4月1日はエイプリルフール(4月馬鹿)。嘘をついてもよい日とされている。なぜ4月1には嘘をついてよいのかという起源についてはよく分かっていない。にもかかわらず、ほぼ世界中でエイプリルフールは認められている。言語、肌の色を問わず、人はユーモアを求めるからに違いない。欧米では新聞やテレビニュースでも冗談ニュースを流したりする。今年も各地で、あの手この手で造言蜚語が披露されたことだろう。
嘘と言えば、後に名映画監督、脚本家、俳優となるオーソン・ウェルズのついた嘘は、今でも語り草となる秀逸な一作と言える。74年前の1938年10月30日、当時23歳のウェルズはCBSラジオのドラマ番組でHG・ウェルズのSF小説「宇宙戦争」原作のドラマを放送する際に、舞台を当時のアメリカに変え、臨時ニュースで始まるドキュメンタリー仕立てにして放送した。
前例のない構成と迫真の演技によって多くの聴取者に火星人来襲を伝える本物のニュースと間違われ、全米でパニックを引き起こした。緊急避難を急ぎ、家財道具を満載した車が右往左往して、多くの町が大混乱となった。
火星人来襲という突飛な話がなぜ大混乱を引き起こしたのだろう。むろん第一の理由はウェルズのドキュメンタリータッチの演出手法がそれまでにない新しいものであったことであることは言うまでもない。それに加えて当時の国際情勢も深くかかわっている。当時ヨーロッパでは台頭著しいナチスドイツと欧米列強がチェコスロバキアのズデーデン地方の帰属をめぐって緊張状態にあった。このために何かとんでもないことが起きるのではないかという不安に覆われていた。さらには放送日が10月30日であったことも関係するだろう。もしこのドラマが4月1日に放送されていたならばそれほどの混乱にはならなかったと思われる。

今年はエイプリルフールを2週間近く過ぎるころに、大きな嘘つきドラマが公開される予定だ。4月中旬に北朝鮮が気象衛星を打ち上げると発表している。
北朝鮮による大型ロケット発射実験はこれで3回目である。1998年にテポドン1号を発射するも失敗に終わった。さらに、テポドン1号を改良、大型化したテポドン2号の発射(2006年)も失敗に終わった。2009年4月5日に行われたテポドン2号発射は一応最終段階の切り離しまで成功し、北朝鮮は人工衛星「光明星2号」を地球周回軌道に乗せたと発表した。しかし、各国の監視網には軌道周回する人工衛星は確認されなかった。
あれから3年、今回の打ち上げは発射場を半島西部の東倉里(トンチャンリ)に新設した。これまでの発射場に比べて大型で自動化されている模様である。この発射台の大きさから推定すると今回のロケットはこれまでの物よりもさらに大型化している可能性がある。
北朝鮮は金日成生誕100年、金正日生誕70年を記念する国家的事業であり、あくまで人工衛星の打ち上げと言い張っている。一部情報筋からも今回のロケットの先頭部分にはどうやら本当に人工衛星が取り付けられている可能性があるとの話も出てきている。
しかし、これまでのミサイル開発の経緯、低い技術力、専軍政治国家などを考えれば、人工衛星の打ち上げを信じる者は稀有であろう。今回の実験が米国やロシアを射程に捉えた長距離大陸間弾道ミサイルの発射実験であることは火をみるより明らかと言える。
このために関係各国が強く実験中止を求めている。これまで北朝鮮を擁護してきた中国、ロシアまでもが今回は中止要請側に回っている。しかし、北朝鮮が実験を中止する気配は全く感じられない。十中八九ミサイルは発射されるだろう。
北朝鮮としては何が何でも強行しなければならない理由がある。それは。昨年死去した金正日から世襲した金正恩の威光を内外に知らしめなければならないからだ。もし、外圧に屈してミサイル発射を中止したならば権力移譲の正当性を問われかねないのだ。
それにしても、国家予算がおよそ3300億円で、四海困窮、路上に行き倒れが絶えない国が、バカ殿様の権威づけと恐喝のために300億円もかけて花火を打ち上げるなんて、狂気の沙汰以外のなにものでもない。
それに、技術力が低いために失敗の可能性が高く、またその際に日本、韓国、台湾、フィリピンなど周辺諸国に破壊片が降り注ぐ危険があると言う。兵器の性能の高さを脅威に感じるのではなく、精度の悪さがかえって脅威となっている。冗談みたいな話だがまったくもって笑えない冗談である。しかもそれが300億円も賭けた国家ぐるみのエイプリルフールだと言うのだ。無粋極まりないエイプリルフールと言えよう。ウェルズの爪の垢を飲ませたい。
ユーモアを楽しめるということは人の心が健康であることを示す重要な一つの指標である。しかし、空腹を抱えた北朝鮮国民に人工衛星のブラックユーモアを笑うゆとりのあるはずがない。心病める国、北朝鮮の妄動はどこまでエスカレートするのだろう。

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