いろいろな記念日があるが、喜ばしい記念日があればありがたくない記念日もある。ひな祭り(3月3日)やこどもの日(5月5日)喜ばしい方だろう。一方、防災の日(9月1日)、開戦記念日(12月8日)は辛く悲しい思いを呼び起こす日だ。
また、記念日には国民誰もが知っている常識的な記念日だけではなく、殆ど誰にも知られていないマニアックな記念日もある。たとえば、2月12日(ブラジャーの日)、6月2日(裏切りの日)、11月11日(もやしの日)などなどである。
ブラジャーの日はアメリカのマリー・フェルブ・ジャコブが1913年2月12日にブラジャーの特許を取得したことに由来し、裏切りの日は天正10年6月2日、明智光秀による本能寺の変に由来するという。なるほど。
それでは、もやしの日は何に由来するのだろうかと考えあぐんでいたらなんのことはない、単に11月11日という字がもやしに見えるからだそうだ。なんともはや馬鹿馬鹿しい。極めつけは7月6日(記念日の日)だろう。日本記念日学会が1998年に、毎日ある記念日にもっと関心を持ってもらおうと制定したという。そこまでして記念日を作る意味があるのだろうか。
こういった、なんでも記念日の中で医師としてとても気になる記念日を見つけた。3月7日、花粉症の日だ。
杉花粉は元日からの最高気温の合計が450℃を超えると飛散を開始し、750℃に達する頃に最大の飛散量となることが知られている。この累積気温が750℃になるのは通常3月上旬に当たる。さらに、7日が晴れの特異日*であり、気象学的にも多量の花粉の飛散が期待されるために、この日を記念日としたと言われている。また、1993年のこの日に気象庁が初の花粉飛散情報の発表を始めたことにも由来する。
耳鼻科、眼科、それから抗アレルギー薬を製造する製薬会社など一部のアレルギー疾患関係者にとっては首を長くして待たれる日なのかもしれないが、まことに迷惑至極な記念日である。今年もここ一週間ほど春雪や氷雨が続いているが、7日は太陽が顔を見せ気温が上がり、黄色い風が吹くようだ。
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て、花粉症に悩む方は空を黄色く染める杉の花粉を目の敵にする。確かに戦後、広葉原生林が伐採されて利潤目的で無闇に植林され過ぎた杉、檜が花粉症の爆発的増加の一因であることは紛れもない事実である。だが、根本的な原因は杉の花粉自体にはない。病態発現のキーポイントは己自身にある。なぜならば、いくら花粉が飛散しても花粉症を発症しない人がいる。自分の身体が花粉と反応する状態になっていることが真の原因と言える。
ウィルスや病原菌など人体にとって有害な侵略者を撃退する、身体のガードマンを免疫機構という。この免疫機構が本来人に対して病原性を持っていない花粉に対して過敏に反応し、IgEが花粉と結合。その結果、化学伝達物質であるヒスタミンやロイコトリエンなどが放出される。
ヒスタミンは知覚神経を刺激してかゆみを感じさせたり、くしゃみ反射を誘発。さらには分泌中枢を刺激して鼻汁を増加させる。ロイコトリエンは血管を拡張させ、粘膜を肥厚させ鼻づまりや目の腫れぼったさを引き起こす。すなわちガードマンが黄色い微粒子を外敵と勘違いして、前後不覚になり、辺り構わず銃を乱射した結果自身を傷めつける自傷行為のようなものなのだ。
私が幼少の頃も山には杉や檜が生えていた。しかし、杉の近くに行ったからと言って、目をはらして鼻水をだらだらとさせている人を見かけなかったように思う。ところが最近は、この時期街を歩くとマスクをしている人をやたらと見かける。実際に花粉症は1960年以降台頭してきた病気なのだ。
なぜ近年花粉症が急増したのだろうか。もちろんその理由の一つは、先に述べたとおり里山の雑木林を伐採して商品価値のある杉や檜を大量に植林したことにある。
だが、もう一つの有力な要因として衛生環境の変化があげられる。下水道の完備、道路のアスファルト化など戦後急速に我々を取り巻く環境が清潔になった。このために、幼小児期に有害な細菌や毒素と出会う機会が減った。すると、本来、そういったものに対して防衛体制を作るはずの免疫機構が有効に機能せず、本来無害な花粉を有害な侵害物質と誤認するようになってしまうのだ。事実、青っ洟を垂らす子の減少に反比例して花粉症が増加したように思う。
子供の時に泥だらけになって(いろいろな有毒物質と接触して)遊ぶことが免疫機構を正常に発達させるために重要だと言える。温室栽培はひよわということだ。と同時に、現在当たり前に思われている都市型の生活様態が、実は生物としてのヒトにとっては極めて異常環境であることを深く認識するべきだろう。
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*特異日:その前後の日と比べて偶然とは思えないほど大きな確率で、ある気象状況(天気、気温、日照時間など)が現われる日のこと。一般的に晴天の確率が非常に高い日をいうことが多い。