投稿日:2012年2月5日|カテゴリ:コラム

泥鰌宰相が国防や原子力政策などを差し置いて、不退転の覚悟で取り組んでいる消費税増税。国あげての情報誘導の努力の甲斐あって、今や世論も大筋「増税やむなし」との方向に傾いてきた。残る議論は、マニフェストに掲げた、公務員改革、議員定数削減などの国の節約を先行して実行するか否かの点と増加税率をどれだけにするのかという点に絞られてきた。だがちょっと待ってほしい。そういう議論の前に解決してもらわなければならないことがある。

さて、我々は直接税と間接税、二つの納入方法で税金を国に納めている。直接税とは国民が国に直接納める税のことであり、所得税や住民税などがこれに当たる。一方、間接税では支払う人と納める人が異なる税のことである。たとえば酒税では、支払うのは最終的にお酒を消費する飲兵衛だが、納税は酒の製造業者が出荷時に行う。
消費税は直接消費税と間接消費税に分かれる。直接消費税とは消費そのものが課税対象になる税で、ゴルフ場利用税や温泉の入湯税などがある。一方、間接消費税は酒税や煙草税のように消費の前段階で税が課せられている。
さらに間接消費税は個別消費税と一般消費税とに分類される。酒税やガソリン税、煙草税などのように個々の品目に課せられるものは個別消費税に当たる。今、増税が議論されているのは一般消費税のことであって、通常、消費税と言えばこの一般消費税のことを指す。
一般消費税が初めて導入されたのは1954年のフランスである。日本では1978年、第1次大平内閣の時に初めて導入が検討されたが、総選挙の結果を受けて撤退した。その後1986年第3次中曽根内閣の時にも再浮上したが、やはり世論の猛反発を受けて頓挫した。やっと陽の目を見たのは竹下内閣の時だ。1989年(平成元年)4月1日、平成の御代の船出とともに税率3%で消費税法が施行された。
消費税の課税方法には製造、卸売、小売の各段階のいずれかで1回だけ課税する単一段階課税と、それぞれの商取引段階ごとに課税する多段階課税がある。多段階課税はあらゆる業種に公平であり、それぞれは小さな税率で確実な税収を確保できるが、同じ商品でも異なる流通経路を経ると税負担に格差が生じてしまう。
単一段階課税では同一商品における税の格差は生じないが、一定の税収を確保するためにはそれなりに大きな税率を課さなければならない。また、課税段階を製造などの初期段階にすると、その税負担を次々と転嫁させていくピラミッド効果が発生してしまう危険性がある。こういった問題点を解消するために、売上に対して課税するのではなく、売上と仕入れの差額に対して多段階課税する方式が考え出された。日本の一般消費税はこの方式をとっている。
課税対象は一般消費税というように、すべての物品、サービスに及ぶのだが幾つかの例外がある。この非課税科目に医療、介護サービス、助産、教育などがある。私に深く関係する保険医療は消費税が発生しない。
消費税は所得税などの直接税が高所得者ほど税率が上がる累進課税ではなく、誰もが一定の税率の税を支払う。生活していく上に必要な消費は高所得者と低所得者にそれほど大きな差はない。結果として、所得に対する税の負担率は所得に反比例して低くなるという逆累進性をもつ。
つまり低所得者ほど消費税の負担度が増す。金持ち優遇の税制として低所得者層を中心として強い反発がある理由である。この問題を避けるために、低所得者であっても文化的に生きるための必要条件である福祉と教育を非課税としたわけである。
正しい政策だと思う。別な理由から利子や配当などの資本所得、そして一生使わずに貯め込んだ貯蓄には相続税はかかるものの消費税は発生しない。莫大な資産を運用して、金が金を生む生活をした者はそれほど消費税を支払わずに済む。もし福祉、医療、教育に関わる取引まで課税対象としたならば、所得の大部分を生活するための消費に回さなければならない低所得者の方が高率に税を毟り取られることになってしまうからだ。
ただここで問題がある。最終的に非課税とするならば、福祉、医療、教育に係わる物事は最初の段階から非課税にならなければおかしい。ところがそうなっていないのだ。医療活動に必要な物品は、薬剤、検査機械、ガーゼや脱脂綿のような消耗品に至るまで、あまねく消費税がかかる。
初めの段階で課税されれば、その分は次々と転嫁せざるを得ない。ところが、医療機関が受け取る医療費は健康保険制度によって国によって価格が決定される。その結果、医療に関わる消費税は最終消費者である患者さんではなく医療機関や薬局が負担することになる。
消費者が負担しない消費税。極めておかしな話なのだが、社会的マイノリティである医療者が支払っているこの犠牲を国民の多くが知らない。本来、日本医師会がもっと声を大にしてこの矛盾点を叫ぶべきなのだが、どういうわけか沈黙したままだ。
我々は泣く泣く本来患者さんが支払うべき消費税を肩代わりしてきた。3%の頃はなんとかやれていた。ところが、1997年、橋本内閣が5%に税率を引き上げてからは医療機関にとって黙視することができない負担になった。

医療機関や薬局に仕入れる薬の卸売価格と国が(勝手に)決める診療における薬代(薬価)との差を薬価差と言う。30年ほど前まではこの薬価差が数十パーセントもあった。薬を出せば相当の収入になった。これが薬漬け医療の蔓延を生んでいた。この反省から薬価差は年々縮小された。
今や薬価差は5%~9%程度である。5%だと卸売業者から患者さんへ、右から左へと渡すだけのことである。しかし、ただ渡すのではない。調剤し、分封し、袋に詰めたりする人件費や材料代は持ち出しなのである。多くの医療機関が院内処方方式を止めて、処方箋だけを発行するシステムに切り替えた第一の理由はこの点にある。
しかし、診察を受けてすぐその場で薬をもらえる院内処方の方が時間的にも費用の点からも患者さんには負担が少ない。だから小院は院内処方を守ってきた。だが、消費税の負担は私にとっても限界に来ている。
入院患者さんを抱える大病院も院内処方を止めることはできない。外来患者さんには処方箋を発行すればよいが入院患者さんの薬はどうしても自己調達せざるを得ないからだ。
こうして、全国の病院が消費税の負担で苦しんでいる。現行制度の下での年間の損害額は1病院平均で3000万円、私立医大では3億6000万円にものぼっているという調査がある。
平成10年9月、兵庫県民間病院協会に加盟している4医療法人が代表して「消費税は不公平だ」として国に対し、各病院1000万円、計4000万円の損害賠償を求める訴訟を提起した。厚生労働省はこういった訴えに対して「その分(損税分)は診療報酬で配分した」との建前だが、診療報酬で配分したということならば、医療は非課税とう原則に矛盾している。
この大きな矛盾を解消しないままに、財務省のごり押しで消費税を10%に上げられたならば日本の病院の大半が破綻してしまうのではないだろうか。無床の診療所も私のように院内処方を頑張っているところは薬を出せば出すほど赤字になる。閉院を避けるためには院外処方方式に変えざるを得ない。しかし、この方法はババを薬局に回しているだけに過ぎず、真の問題解決にはなっていない。

もし10%に税率を引き上げるならば、下野を覚悟で医療も課税対象とするか、そうでなければ第一段階から徹底して非課税にするしかないのではないだろうか。野田さん、福祉と税の一体改革と謳っておられるが、この矛盾を解決しないまま増税すれば、福祉の中核である医療機関や薬局が壊滅してしまいますぞ。

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