投稿日:2011年12月19日|カテゴリ:コラム

私は今年5月のコラム「ガス灯症候群」で、本来、認知症や知的障害などで自己の安全や財産を保全することが困難な人を守るための成年後見制度が悪用される危険性に警鐘を鳴らした。すなわち、認知症の方が、彼らを守るべきこの制度によって、かえって安全や財産を脅かされてしまった例を示した。そして、この手の犯罪が増えるのではないかとの懸念を述べた。
豈図らんや、先日の新聞記事で後見人の不正による被害額が昨年の6月から今年の3月までの10ヶ月だけですでに18億円を超えていることを知った。また、昨年1年間に不正によって後見人を解任された人は286件で後見制度開始時の8倍に増えた。奸智に長けた人は私の予想よりもはるかに急増しているということだ。
さらに、本人の意にそぐわない待遇にされてしまうなど、金額で表すことのできない被害を考慮すると、この制度による被害は想像を超えたものであるに違いない。
後見人には弁護士、司法書士、社会福祉士といった専門職が就くこともあるが、6割以上が親族である。そして身内は善意の後見者であるとするのがこの制度の前提である。
しかし、現実はそう甘くはない。目の前に大金の山。そしてその横にいる持ち主の老人は状況判断ができず、すぐに物事を忘れてしまう。こういう状況で不埒な考えが湧かない方が不思議かもしれない。殊に自分自身が経済的に困窮していたらついつい喉から手が出てしまうだろう。
しかも後見の仕事は予想以上に時間と労力を要求される。わが子でも負担に感じることが少なくない。甥、姪といった立場の人の場合、少々の対価を望んだとしてもやむを得ないとも言える。
ともかく悲しいことではあるが、人間性善説を拠り所とする成年後見制度は世知辛い現代社会においては期待通りには機能しないことが明らかとなったと言える。

後見人の不正が相次ぐことを看過できず、法務省は支援信託を来年2月から開始することとなった。この方法は被後見者の財産の大半を信託銀行に預け、残りの少額の財産と年金などの収入だけを後見人が管理するというものである。纏まった金が必要な時にはその都度、後見人が裁判所に申請する。家庭裁判所が審査のうえ妥当と認めれば指示書を発行。後見人は信託銀行に指示書を提示して払い戻しを受けることになる。
この支援信託は後見者の不正防止には役立つが、信託銀行への委託料分だけ被後見者の財産が目減りしてしまう。また、後見業務が一層煩雑なものになってしまう。将来引き継ぐはずの財産があまり多くない場合、後見の引き受け手がなくなる危険性がある。
専門職が後見人であれば不正は起きにくいが、後見業務の割に報酬が少ないためになり手が少ないのが現実である。その上に、弁護士や司法書士が必ず公正無私に後見に携わるかといえば、必ずしもそうとは限らない。もし法を知り尽くした彼らが悪魔の誘惑に負けた時は親族よりももっとたちが悪い。
もともと成年後見制度には、後見人の活動状況をチェクする後見監督人を置くことができるのだが、残念なことに実際にはうまく機能していない。この世はお釈迦様のような心を持った人ばかりではないのだから、誰が後見人になっても、また信託銀行を利用したとしても、後見監督人を十分に機能させることが必要不可欠だと考える。
お年寄りの金庫番の役割をするはずの後見制度が盗人に鍵を預けることにならないように、皆で知恵を絞らなければならない。

【当クリニック運営サイト内の掲載記事に関する著作権等、あらゆる法的権利を有効に保有しております。】