投稿日:2011年10月31日|カテゴリ:コラム

先月末は大型の台風15号に日本列島が蹂躙されたばかりだし、先日までは汗ばむ気候であったのにこのところ急激に寒さが増している。そして、ふと気が付くと日の入りがやけに早くなった。5時になると早、薄暮となる。
昼が最も長いのが6月で、逆に夜が最も長いのが12月ということは小学生でも知っている。だから後2ヶ月で冬至となる今の時期、いまさら夜の到来の早さに驚くのはおかしな話である。だが、8月の酷暑のインパクトが強いために8月の時点ではまだ陽が短くなっていることを忘れがちである。実際の暦と心理的な季節感にはずれがあるようだ。それでも9月になるとつるべ落としの夕暮れに寂しさを覚え、10月にもなると秋の夜長を実感する。

昔から秋は「灯火親しむべし」と言われてきた。夜が長くなるとともにむせかえる暑さから解放されて過ごしやすい夜になるから、じっくりと書物を紐解くのにふさわしいと言うのだろう。ところが、現代都市では莫大なエネルギーを消費して街を不夜城と化し、エアコンで一年中快適な空間を作り上げている。その結果、そこに住む我々は一年中灯火に親しんでいる。
程度の差こそあれ現代都市生活者は全員宵っ張りの朝寝坊である。特に経済成長達成後に生まれた30歳以下の若者の中には漆黒の闇を知らない者が少なくない。エネルギーに支えられた明るい夜を当たり前と感じている。

以前から何回も説明したように、私たちの脳にある体内時計の固有周期はどういうわけか24時間になっていない。24時間よりも長く、25時間前後に設計されている。そのために、放っておくと生活のリズムがどんどん夜更かし、朝寝坊の方にずれていく。私たち人間は元来、隙あらば夜更かししたくてしょうがない動物なのだ。
では、本来夜更かし好きな固有リズムの体内時計をどうやって地球の自転に合わせているのだろうか。この時計の調整の原動力は光なのである。地球の自転周期がもっとも直接的に表現されるものが太陽の光であり、私たちが太古の時代からこの太陽の光を中心に生活を営んできたことを考えれば理解に難くない。
起床後、初めて強い光刺激を網膜に受けると、その刺激によって体内時計がリセットされる。そしてそれから14~16時間後に脳の中の松果体という場所から睡眠を促すメラトニンという物質が分泌されるようにセットされる。たとえば7時に朝の陽光を浴びれば午後10時頃に眠くなる。こうして我々は朝の光によってできそこないの体内時計を現実の生活に合わせている。
実際、自然を相手に農業、漁業、狩猟などの第一次産業主体の生活をしていた時代は生活そのものが太陽の動きに合わせたリズムを保っていた。したがって、その頃の人類は時計の狂いに悩まされることはなかったと考えられる。
ところが、化石燃料や原子力エネルギーなどのエネルギーを膨大に消費して生活環境を自分勝手に変えてしまった。そうして、ここ数十年で、私たちは太陽との関係が希薄になってしまった。その結果、体内時計を地球の自転に合わせる機会を逸して、遅寝、遅寝へと傾いてしまったのだ。
私たちの脳はいびつに発達したために、自分の生活の異常性に気が付かない。なんとなくうまくやれていると錯覚する。しかし、脳以外の臓器、システムは頑固に24時間のリズムで活動をしている。このためにいろいろな不都合が起きてくる。
一番直截的な障害は睡眠相遅延症候群である。これは急に地球の自転に合わせた生活を要求されても、25時間で固定されてしまった体内時計が言うことを聞かない状態である。朝方にならないと寝付けずにお昼ごろにならないと起きられない。まともな会社に勤めたならば、まず間違いなく解雇される。
地球の自転にあった生活をしないつけはこれだけではない。現代人に急増している気分障害、パニック障害、過呼吸症候群、摂食障害などのストレス関連疾患の根底にも不自然な生活リズムが深く関与しているように思う。また、いつの間にかメタボリック・シンドロームと改名させられてしまった高血圧、糖尿病、高脂血症、肥満などの生活習慣病も、その名の通り不自然な生活によって引き起こされることは言うまでもない。さらに、睡眠と深く関係している免疫機能にも悪影響を及ぼしていると考えられる。感染症、自己免疫疾患、アレルギー疾患、癌の発症にも遅寝遅が関与しているだろう。早起きは三文の徳どころか千金の徳と言える。

今回の東日本大震災でいくら科学技術が発達しても私たち人間は地球にとっていかにちっぽけな存在か思い知ったはずである。自然を力でねじ伏せようなどという大それた錯覚から早く目覚めよう。そして、私たちが地球の自然現象の一部であることを深く再認識し、自然と調和した生き方に戻る必要があるのではないだろうか。

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