投稿日:2011年8月29日|カテゴリ:コラム

この宇宙の始まりの始まりは、真空のもつ量子の揺らぎが何らかの理由でバランスを崩し、爆発的に広がったと考えられる。この時に現在の宇宙を構成するすべての物質が生み出された。この際、物質と反物質*はほぼ同じ確率で生成される。しかし物質と反物質はお互いが触れた瞬間にエネルギーを放出して対消滅してしまう。したがって大半の物質と反物質は生まれた瞬間に消滅してしまった。
この宇宙が見渡す限り物質でできているのは、この宇宙創造の際にほんの極僅かだけ物質の方が多かったからだ(CP対称性の破れ)。もし、反物質の方が多かったら今の宇宙は反物質で構成されており、現在とは恐ろしく様相を異にしていたに違いない。 また、物質と反物質の生成量にあまり大きな差があったならば、このような広がりを持った宇宙は形成されなかったと考えられる。どちらにしろ、私たち地球人が快適に生きていられる宇宙はできなかった。物質と反物質生成量の間の絶妙のずれがなければ私たちは存在しえなかった。
太陽は天の川銀河の中心からかなり離れた軌道を回転している。もし、もっと中心部近くに太陽が存在していたならば、銀河中心に存在する巨大質量ブラックホールからの影響を受ける。そこは無数の恒星が激しく入り乱れる空間なので、現在の地球のような穏やかな惑星が存在することは難しい。万が一、今のように地球が存在していたとしても強烈なγ線が降り注ぐ世界なので生命体は存在しえなかっただろう。
太陽の大きさもこれまた絶妙である。これ以上質量が大きい恒星は寿命が短くてとっくの昔に寿命が尽き爆発していた。逆に質量が小さいと8つの惑星を繋ぎ止めておくことができなかった。地球もはるか遠い軌道を周回することになって今のような恵の光を受けられなかった。
地球の位置もここしかないという場所にある。今より内側の水星や金星の軌道を回っていたならば、太陽に近いため太陽光エネルギーが膨大すぎるので、大気はすべて蒸発して灼熱の不毛の地になっていった。一方、火星以遠の遠い軌道を回っていた場合には、極寒の惑星となり液体の水が存在できない。やはり知的生命体の生存は困難と思われる。
さらに、私たちの快適な生活は他の天体の協力なしには成立しない。まずは図抜けて大きな兄弟、木星が強力なガードマン役を果たしている。もう少し質量が大きければ恒星になっていた巨大惑星、木星の巨大質量が周辺から地球の軌道に飛び込んでくる小惑星や彗星から地球を守ってくれている。木星がなければ地球は今頃クレーターだらけになっているだろう。
月の存在も大きい。月は45億年前に火星ほどの大きさの天体が原始地球に衝突した際の飛散物質が集積してできたとされる。月の重力による潮汐力が海を撹拌することによって海の深くまで酸素が溶け込む。月は生命の誕生に重要な役割を果たしたと考えられる。現在も月がなければ穏やかな地球環境は保たれていないだろう。
こういった数々の幸運の積み重ねがなければ今のような銀河、恒星、地球、原子は存在できなかった。当然ながら私たち人間など出現できるはずもなかった。今の宇宙があるということは字句通り天文学的な確率の幸運による。
誰しもが、私たちの宇宙のこの奇跡とも言える絶妙のバランスがどうして生み出されたのだろうという疑問を持つ。そこで登場するのが創造論である。すなわち、宇宙や生命などの起源を創世記に書かれた「創造なる神」に求める。天地万物すべての物が全知全能の神によってデザインされて作られたとするものだ。
最近は創造主を神と呼ばず、未知の知性ある存在(宇宙意思?)とする仮説もある(インテリジェント・デザイン)。しかし、両者の違いは絶対的な存在を神と呼ぶか否かの違いに過ぎない。
これに対する唯物論的な考え方が「人間原理」だ。人間原理とは、「宇宙が人間に適しているのは、そうでなければ人間が存在しえず、したがって宇宙そのものを観測することができないから」という論理。
もし、宇宙が今のような絶妙なバランスで生まれなければ、人間のような知的生命体は生まれない。だから、もしそのような宇宙があったとしても、観測する者がいないのだから、宇宙の法則や定数を論じること自体あり得ないということになる。

この哲学的な領域の議論は簡単に決着がつかない。最後には信仰の問題になるから、両者の議論はかみ合わず、どこまでも平行線を辿る。
無信心な私はどちらかというと人間原理に傾く。しかし、この人間原理にも多くの疑問はある。まず、この宇宙と違った宇宙には知的生命体が存在しないとは断定できない。そもそも知的生命体の定義が定まっていないのだから、人間型の知的生命体の代表と考えることすら不当と言える。もしかすると私たちが想像もつかない組成、形の生命体が宇宙の真理を突きとめているかもしれない。
無限の数の宇宙があり、この宇宙はその中でたまたま私たちの生存に適したパラメータを持った稀有な宇宙なのかもしれない。または、この宇宙は私たちが生存できるように巧妙にデザインされた唯一の宇宙なのかもしれない。いずれにせよ、私たちが自分という意識を持って生存していることは筆舌に尽くしがたい奇跡なのだ。簡単に「死んでしまいたい」などと言ってほしくない。
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*反物質:質量とスピンが全く同じで、構成される素粒子の電化などが全く逆の性質を持つ反粒子によって構成される物質。たとえば電子はマイナスの電荷を持つが反電子(陽電子)はプラスの電荷を持つ。中性子はクォークから構成されるが、反中性子は反クォークでできている。

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