投稿日:2011年7月4日|カテゴリ:コラム

「似た者夫婦」とは「夫婦は互いに性質や好みが似る」ということ。または、「性質や好みが似ている夫婦」という意味です。
趣味や物事に対する価値観は結婚を決定する大切な要因です。夫婦が似ているのは当然と言えます。さらに、長年にわたり運命共同体として生活していれば、好みや考え方がますます似てきても当然です。
数年前、防衛省で天皇と呼ばれたM元次官は夫婦そろって出入り業者にたかり放題だったことで有名です。「おねだり夫婦」と呼ばれた体質は、もともと欲張りの性質が、二人での長年の共同生活でさらに一層磨きがかかったものと思われます。
この夫婦、行動理念だけでなく顔かたちもそっくりです。報道された写真を見ると、どちらもこでっぷりとした体型と丸顔で、二人並んでいると夫婦というよりまるで兄弟のようです。体型はいつも一緒に同じメニューを食べているのですから、同じようにメタボになったと推察できますが、顔立ちまでそっくりなのはどうしてでしょう。
街を歩いている家族連れをあらためて観察してみると、M元次官夫婦に限らず、近親相姦ではないかと疑いたくなるほど、外見がそっくりな夫婦が存外多いことに気付くはずです。顔まで似てくるというのはどういうことでしょう。
配偶者に似せて美容整形をしたという話は聞いたことがありませんから、自分に似た異性を好きになると考えるのが素直です。女装した自分を想像するとちょっと気持ち悪いですが、潜在意識下において男は母を、女は父を求めると言いますから、とどのつまり自分と似た顔の異性を求めているのかもしれません。
実際に、広く動物界には形態的に似た者同士が惹かれるアソータティブ・メイティング(assortative mating)という現象が知られています。自分のもっている遺伝戦略を色濃く子孫に伝えていくためには、自分と似たものをパートナーに選択することがもっとも確実な方法です。
ところが、遺伝形質が近ければ近いほど種の保存にとって有利かというとそうではありません。あまりに遺伝子型が収斂してしまうと、決まった環境では繁栄できても少し環境が変わると、新しい環境に対応できなくなる可能性があります。たとえば体毛が濃く、発汗機能が弱く寒さに強い遺伝子だけが伝えられると、地球温暖化が進むと生存が危うくなります。
遺伝子型が多様化していたほうが子孫が生き残る確率が高くなります。この種保存という至上目的のために、自分と大きく異なる遺伝子を保有する異性を求めるように、私たちの脳がプログラムされているという学説があります。
実際に、免疫に関係したある種の防衛遺伝子型が全く違うもの同士ほど、一目ぼれする確率が高かったという実験結果があります。
どうやら惚れるメカニズムはそう単純ではなさそうです。したがって、夫婦の顔かたちが似る原因をDNAだけに求めるには無理があります。それによく似た夫婦の若かりし頃の写真を見ると、出会った当時は必ずしもそっくりではありません。長い年月一緒に生活していくうちに容貌が似てくるとしか考えられないカップルが多いのです。
さらに「似た者夫婦」現象の遺伝子説に否定的なもう一つの根拠があります。それは、一緒に生活していると似てくる相手が人間とは限らないことです。公園にペットを連れて集まってくる人たちを観察してみてください。種を超えた「似た者夫婦」現象を見ることができます。
プードルに似た人がプードルを連れて、ブルドッグそっくりな人がブルドッグの手綱を引いていることがそう稀ではありません。まるで蛸が周囲の景色に似た模様に変身する擬態のメカニズムが働いているかのようで、謎は深まるばかりです。
そういえば、猫に囲まれて暮らしている私は近頃口髭が太くなって、耳がとがってきたようです。

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