投稿日:2011年4月18日|カテゴリ:コラム

東日本大震災による原子力発電所事故をきっかけにエネルギー問題が世界中の人の一大関心事になっています。そこで、今回は宇宙を支配する究極のエネルギーをご紹介します。
そのエネルギーをダークエネルギーと言います。ダークエネルギーとはオカルト用語ではなく、悪魔崇拝の宗教が崇める摩訶不思議なパワーでもありません。宇宙物理学で用いられる純粋な学術用語です。
私はダークと聞くとどうしても邪悪なイメージを抱いてしまいます。しかし、このエネルギーは邪悪どころか宇宙全体に満ち満ちて、宇宙のもっとも根本的なエネルギーであるらしいのです。
らしいというのは、このエネルギーは現在の科学では測定することが不可能だからです。目にも見えず測ることもできないのに、なぜダークエネルギーが宇宙の根本エネルギーだと言えるのでしょうか。それはダークエネルギーがなければ宇宙が今の姿でいられないからです。

古代ギリシャの哲学者デモクリトスはこの世のすべては原子(アトム)からできていると考えました。彼の哲学は18世紀の近代科学の発展とともに実証されてきました。しばらく前までは原子がすべての最小単位とされていた時代もありました。しかし、その後の物理学の飛躍的な発展によって、現在は原子が物質の最小構成単位ではなくクォークという12種類(アップ、ダウン、チャーム、ストレンジ、トップ、ボトムとそれぞれの反クォーク)の素粒子のいくつかが組み合わさってできていることが分かっています。
陽子はアップクォーク2個とダウンクォーク1個、中性子はアップクォーク1個とダウンクォーク2個、k中間子はストレンジクォーク1個と反アップクォーク1個からできています。さらに、まだ見つかってはいませんがクォーク4個、5個の組み合わせからなる素粒子の存在も予想されています。
クォーク理論は宇宙の成り立ちを解明する画期的理論です。2008年、南部陽一郎、小林誠、益川敏英先生たちのノーベル賞受賞はこのクォーク理論の発展に対する寄与が評価されたものです。
それではクォークがこの宇宙を構成する最小単位かというとそうではありません。この宇宙はそれほど私たちに分かりやすくできてはいないのです。数千億個にも及ぶ恒星の集団である銀河の動きを観測すると銀河の中には目に見える(電磁波を発する)物質の5~10倍の物質が存在することが分かりました。今現在の測定技術では検出が不可能な物質であることから、この謎の物質はダークマタ―と名付けられました。
このダークマタ―はどうやらクォークの組み合わせでできる素粒子とは別物であるらしいのです。私たちの宇宙を作っている物質は実は派手やかにきらきら輝く星や私たちの身体をを形成している、目に見える物質よりも、目に見えない物質、ダークマタ―の方がはるかに多いのです。
だいぶ頭が混乱してきたと思いますが、これでギブアップされては困ります。実は目に見える物質と目に見えない物質を合わせても全宇宙のエネルギーの3割ほどしか説明できません。

宇宙は何もない真空(日常使う空気がないという意味ではなく、時間も空間も何もないという意味)からビッグバンを経て猛烈な勢いで膨張してできたという話を聞いたことがあると思います。
この膨張は現在も続いており、今でもあらゆる銀河はお互いにどんどん離れています。この先宇宙はどうなるのかということは物理学の主要な関心事です。これには3つのパターンが予測されます。一つは膨張のスピードが徐々にゆるくなってやがて、一定の大きさでとどまる。2つ目のパターンは膨張が止まり、今度は逆に収縮方向に動き出す。この予測の行きつく先は始まりに戻ります。つまり、ビッグクランチ(大収縮)を経て真空になるということです。最後の予測ではこの膨張がどこまでも続いてやがてすべての物質、素粒子がばらばらになってしまいます。
3つのシナリオのどれになるのかは宇宙全体にあるエネルギーの中で広がろうとするエネルギーと縮もうとするエネルギーのいずれが勝っているかという一点にかかっています。大方の学者は収縮に転じるか、または一定の大きさで静止状態に入るのではないかと考えていました。したがって遠く離れた銀河(昔の宇宙)の膨張速度は近くの銀河(最近の宇宙)の膨張速度より大きい。すなわち膨張はしているがその加速度は負であると考えていました。
ところが、実際に銀河の遠ざかっていく姿を詳細に観測すると予想に反して過去よりも現在の宇宙の方が膨張速度を速めていたのです。もっとも想像しにくかった第3のシナリオです。
ここで登場するのがアインシュタインの有名な公式E=mc2です。つまり質量とエネルギーは等価(形を変えて同じもの)だということです。宇宙を縮めようとする主要なエネルギーは重力です。ですから、宇宙全体の質量が十分にあれば、膨張はやがて収縮に転じるはずです。宇宙全体のすべての星以外にその5~10倍の目に見えない物質があることが分かったのですから宇宙には十分な収縮力があってよいはずです。
それなのに宇宙はさらに速度を増して膨張しています。この事実を説明するためには既存のエネルギーだけでは足りません。これまでに集まった観測結果を元に積算するとこの宇宙には重力に逆らって膨張させようとする未知のエネルギーが想像を絶する量で存在するはずなのです。これがダークエネルギーです。
先ほどの質量・エネルギー等価方程式を使ってこの宇宙の全エネルギーを表すとダークエネルギーが72%を占めます。ついで目に見えないダークマタ―が23%。私たちの身体や星を形作っている物質はたかだか%に過ぎないことが分かりました。
今、このダークエネルギーの本体を明らかにするために多くの科学者が躍起になっています。真空のエネルギーが最有力候補ですが、本当のところは皆目見当もつかないといった方がよいでしょう。
なんでも分かったつもりになっていてもそれはこの世のたった5%の世界における出来事に過ぎません。私は宇宙のことを考えると日常的な悩み事が小さく思えて、とても気が楽になります。皆さまも、なにかつらいことがあったら星空を眺めて遠く宇宙に思いをはせてみてはいかがでしょう。

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