投稿日:2011年3月28日|カテゴリ:コラム

福島第一原子力発電所の震災による損壊がいまだ深刻な状況から脱していません。政府はこれまで屋内退避としてきた半径20~30km圏内の住民に対して自主退避勧告を出しました。また、漏出したと思われる放射性物質による汚染が近隣の農作物、牛乳のほか首都圏の水道水にまで放射性物質が検出されました。
震災直後の食料品、ガソリンの買いだめの悪夢から目が覚めたはずの人々がまたもやペットボトルの水を求めてまたもや狂乱騒ぎです。放射線の影響をもっとも受けやすく、またこれからの日本を担うべき乳児を抱える母親たちが心配するのはもっともですが、基礎代謝が衰えて放射線に対する感受性が低い高齢者までもが水の買いあさりに狂奔する様はみっともないの一言です。
本当に極微量の放射能汚染で人々が必要以上に右往左往する原因の一つは日本が被爆国であることだと思います。世界で唯一原子爆弾の戦禍を体験した国なので、放射能の恐ろしさが骨身に染みているのです。もう一つの原因は恐ろしいと言いながら放射能に関する正しい啓蒙がなされてこなかったことです。このために正しい恐れ方ができないのです。
とは言っても、私も放射線に関しては大学で学んで以来、とんとご無沙汰です。そこで改めて放射線障害についておさらいしました。

まずは放射線と放射能と放射性物質という言葉の違いです。一般の人はこの違いが分からないでごちゃまぜではしているようです。
放射線とは電離作用をもつ電磁波や粒子線です。そして核分裂してこの放射線を発する能力を放射能と言います。さらに、放射能という力を持つ物質を放射性物質と言うのです。テレビでは蛍を喩にして、蛍を放射性物質。蛍の光を放射線と説明しています。ネットにもっとユニークな喩が載っていました。うんこが放射性物質、おならが放射能、臭いにおいが放射線だそうです。少し汚いですが、こちらの説明の方が、3者の関係をより明確に喩えているようです。
放射線の何が怖いかというと電離作用です。電離作用とは原子の周りにある軌道電子を弾き飛ばして原子を陽イオンと電子に分離する能力です。この電離作用こそが生体を傷つける元凶です。私たちの細胞にある重要な物質を構成する原子が電離されることによって様々な障害が引き起こされます。

放射線は一つではなく幾つもの種類があって、それぞれ異なる性質を持っています。被曝した際の毒性も大きく異なります。ですから一概に放射線として一括できません。どういう種類の放射線が出ているかが重要なのです。主な放射線を以下に示します
粒子線:
α線:陽子2個と中性子2個からなるヘリウムの原子核
β線:電子あるいは陽電子
陽子線:水素の原子核である陽子
中性子線:原子核を構成する中性子で電荷は持たない
電磁放射線
γ線:波長が10pm(10-12m)より小さい電磁波
X線:波長が1pm~10nm(10-9m)の電磁波

それぞれの放射線の特長を述べます。
α線:+2の電荷をもっているまた質量が大きい。電離作用が強いので人体への影響が大きいのですが透過性が弱いので紙1枚で止めることができます。したがってすっぽりと服を着ていれば外部被曝(身体の外部から放射線を浴びること)はそう怖くありません。しかし、体内に取り込まれた内部被曝(身体の内部から放射線を浴びること)を受けると危険です。
β線:質量が小さいのでα線よりは透過性が高いのですが、それでも数mmのアルミ板や数cmのプラスチック板で遮蔽できます。電離作用はα線よりは弱いのですが、減速する際に二次的にX線を放射するので厄介です。
陽子線:透過性はそのエネルギーの大きさで異なってきます。二次的にβ線を放射します。
中性子線:質量は大きいので透過性が低そうですがそうではありません。電荷をもたないので多くの物質を通り抜けてしまいます。中性子爆弾や中性子砲弾は建物や戦車を破壊することなく内部の人を殺傷します。これを食い止めるにはとにかく大質量の塊が必要です。鉛、水、コンクリートなどで分厚い隔壁を作る必要があります。
γ線:次のX線同様に電荷をもたない電磁波はコントロールが難しいのです。なぜならば電場や磁場で方向を変えることができないからです。電離作用は比較的弱いのですが透過性が高いので10cmの鉛が必要です。
X線:基本的にはγ線と同じですがγ線より透過性が弱いので、それほど厚くない鉛で遮蔽できます。診断医療の場で昔から使われている放射線です。

実は、地球には太陽や銀河から日常的に莫大な放射性の粒子線や電磁波が放射されています。そのまま浴びていれば現存する地球上の生物はすべて死滅してしまいます。というより、この地球に今の形の高等生命体は存在しなかったでしょう。それなのに私たちが死なないで、呑気に海水浴なんかしていられるのは北極と南極との間に張り巡らされた強力な磁場と、10km~50kmの高度に存在するオゾン層で防御してくれているからです。この二つのバリアーによって地球に降り注ぐ放射線のほとんどが地表まで届かないから私たちは存在するのです。
したがって成層圏以上の高度を飛ぶ宇宙船や飛行機は相当量の放射線を被曝します。宇宙飛行は放射線との戦いともいえます。海外旅行でも相当被曝します。東京~ニューヨークの往復で胸のレントゲン検査の4倍ほどの放射線を被曝すると言われています。
また、紫外線は放射線には分類されていませんが、弱いながら電離作用を有する電磁波です。だから長時間浴びればX線と同じようにDNAを傷つけて発癌作用を示します。あまり調子をこいて日焼けはしない方がよいでしょう。日光浴するとメラニン色素が増加して小麦色になるのは、生体が皮膚の奥深くにまで紫外線が届くのを防ごうとする自衛策の結果です。

放射能の強さを表す単位としては昔はキューリーが使われていましたが、現在はベクレルという単位が用いられています。ベクレルは新聞やテレビで聞き覚えがあると思いますが、どういうものか理解している人は多くありません。
1ベクレルとは1秒間に1つの原子核が崩壊して放射線を放つ放射能の量のことです。450ベクレルの放射性セシウムと言ったら、毎秒450個のセシウム原子核が崩壊しているということです。
同じ数の原子核が崩壊しても、放射性物質の種類によって出てくる放射線の種類や強さが異なりますので、ベクレルが生体に対する障害度の強さを表してはいません。人体に対する障害の程度を決定するのは放射線の強さだからです。
私たちの健康にとってもっとも大事な放射線の強さを表す単位がシーベルトです。実は放射線の強さを表す単位はシーベルトの他にレントゲン、ラド、レム、グレイなどがありますが、シーベルトは人体が吸収した際の影響度を数値化した単位なので一般人にとっては一番実用的です。シーベルトはどうやって計算するのかというと放射能の強さ(ベクレル)に放射線の種類ごとに決められた係数をかけて算出します。
たとえばI(ヨウ素)131の場合、経口摂取時の換算係数は2.2×10-8です。したがって1kg当たり2000ベクレルのI131で汚染されたほうれんそーを全部食べたとすると2000×2.2×10-8=44μシーベルととなります。
ところが同じ2000ベクレルでもCs(セシウム)137によって汚染されていた場合にはCsの経口摂取時の係数が1.3×10-8なので2000×1.3×10-8=26μシーベルトにしかなりません。
テレビでも示されていますが、こういった被曝量がどの程度の物なのか理解するために一般的な被曝線量を示してみます。単位はμシーベルトに統一します。時によってmシーベルトで表示されると混乱してしまうからです。
胸のX線撮影:50μシーベルト、東京~ニューヨーク往復:19μシーベルト、胃の造影撮影:600μシーベルト、胸部CT検査:6900μシーベルト等です。因みに、私たちは何もしていなくても宇宙や地下からの放射線を被曝しています。その被曝量は年間2400μシーベルト、1時間当たり0.274マイクロシーベルトになります。
こういった値を見れば、200km以上離れた首都圏で大騒ぎする必要がないことを分かっていただけると思います。今後の推移を見守る必要はありますが、慌てて首都脱出をする必要はありません。と言ってもピンとこない方のために、ネットで見た面白い情報をお教えします。
地中には放射性物質があって放射能を発していると言いましたが、その量は予想以上に大きいのです。地中から湧き出る温泉に含まれる放射線量を測ると、一般的な温泉で自然被曝量の数百倍、有馬温泉に至っては四万倍にも達するのだそうです。日頃、温泉に浸かって「極楽、極楽」と楽しんでいた人が、たかだか自然被曝量の数十倍の報道で怯えるのはおかしな話です。

先ほどの汚染ほーれんそーの計算で考えた場合、同じベクレルの汚染ならI131よりもCs137の方が安全に見えますが、実はそう単純にはいかないのです。放射能を考える時は半減期という特性を考慮しなければならないからです。
放射能は時間とともに減衰します。この減衰の早さは放射性物質の種類で大きく異なります。I131:8日、I132:2.3時間、I133:21時間、Cs134:2.1年、Cs137:30年です。半減期から見ると30年経たないと半分にならないCs137に比べてたった8日で半分になってしまうI131なんか可愛いものです。
幸いなことに今は話題になっていませんが、原子炉に存在または産生される放射性同位元素にはまだ多くの物質があります。それらの半減期は以下の通りです。ネプツニウム239:2.35日、キセノン137:5.25日、ルテニウム103:39.5日、ストロンチウム89:52.1日、ジルコニウム95:64日、コバルト60:5.3年、クリプトン85:10.7年、ストロンチウム90:28.8年、プルトニウム238:88年、アメリシウム241:433年、プルトニウム239:2万4千100年。でもプルトニウムで驚いてはいけません。ウラニウム238に至っては45億年だそうです。地球誕生時にできたウラニウム238の放射能は今丁度半分になったところです。
これらの物質が全部ぶちまけられたならば領土の狭い我が国にとって危機的な事態です。そういう事態になることを阻止すべく多くの人が今命をかけて修復にあたっているのです。ただ、今はまだ現場周辺を除けば大騒ぎするような状態ではありません。

放射線は細胞分裂の過程にもっとも影響します。ですから、活発に分裂、増殖する細胞が障害を受けます。癌の治療に放射線が利用されるのは、癌細胞が正常な細胞よりも分裂、増殖が活発な点に着目しているのです。
この原則によって造血器官、精巣、皮膚、目の水晶体などが早い段階で障害を受けます。また、僅かではあってもDNAの損傷が固定化すると癌の発生確率が高まり、遺伝障害がおこりやすくなります。さらに胎児や乳児は新陳代謝が活発なので成人以降に比べて有意に障害を受けやすいと言えます。具体的には
50万シーベルト:白血球や血小板の現象によって感染しやすくなったり出血しやすくなる
100万シーベルト:一部の人がを悪心・嘔吐を訴える
200万シーベルト:水晶体が混濁し白内障となる
300万シーベルト:脱毛
300万~500万シーベルト:半数が死亡する
250万~600万シーベルト:永久不妊となる
700万~1000万シーベルト:100%確実に死亡する

以上、放射能汚染は決して見過ごすことができない由々しき問題です。しかし、現時点は大の大人がうろたえるレベルではありません。ましてや首都さらには国を脱出する必要はないのです。でも放射線の影響を受けやすく、しかも我が国の将来を担ってくれる妊産婦、乳幼児、若者はその地域にとどまる理由がないのならばできるだけ遠くへ非難するのもよいでしょう。
しかし、前回のコラムでも書いたように私より高齢の人間は放射線の影響も受けにくいですし、放っておいてもこの先の活躍はしれたものです。今こそ日本に踏みとどまってそれぞれの分野で社会に貢献すべきだと考えます。そうしなければ被災地域のみならず日本全体の復興が果たせられないでしょう。

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