投稿日:2011年3月7日|カテゴリ:コラム

まずは皆さんにお詫びしなければなりません。以前、インフルエンザや狂牛病に関するコラムでウィルスのことを最小の生物と話してきました。しかしある時娘から、「ウィルスは生物ではないよ」と指摘されました。「何を馬鹿なことを言っているんだ。私は昔、細菌学においてウィルスのことを学んだんだ。」と反論しましたが、後から調べると現在の生物学の立場からは非生物とされていることが分かりました。知ったかぶりして誤った記載をしていたことをお詫びします。
それではなぜウィルスが生物として認められないのかというと、細胞という構造を持たないし、自分でエネルギーを生み出す能力がないからなのだそうです。現在の生物学においては生物とは自己増殖能力、エネルギー変換能力、恒常性(ホメオスタシス)維持能力、自己と外界の明確な隔離という特徴を持つものと定義しています。
確かにこう定義されてしまうと、ウィルスはほとんどの条件を満たすことができません。まず、自分自身の力だけでは増殖できません。他の細胞に寄生した時に初めて増殖できるのです。ATPを使って自分自身を養う能力もありません。必要なエネルギーはすべて寄生した細胞から得ます。当然ながらホメオスタシスなどとは縁遠い存在です。そもそも内部環境と呼べるほどの構造を有していません。
自己と外界との間に明確な境界があるという点だけは合格と思いきやこれについても怪しいのです。ウィルスは寄生細胞内で増殖する際に一時期、その姿を消してしまいます。つまり、自分と外界との区別さえなくなってしまう時期があるのです。とどのつまりは、生物らしさは自己増殖能力しかなくなってしまいます。
自己と同じ個体を増殖するだけでも立派に生き物と言えそうですが、「自己増殖ならば水晶のような結晶体だって自己増殖するではないか」と反論されてしまいます。水晶を生物と呼ぶことにはさすがの私もためらいます。
このように列挙するとウィルスが生物であるとはますます言いにくくなるように思われるかもしれません。ですが、この議論はあくまで生物を自己増殖能力、エネルギー変換能力、恒常性(ホメオスタシス)維持能力、自己と外界の明確な隔離という特徴を持つものという定義を前提にしています。そしてこの定義はあくまでも人間が作ったものであって絶対の真理ではありません。定義自体を見直せば話は違ってきます。
実際に、先ほどの定義を満たすことができない生物らしき存在はウィルス以外にもあります。リケッチャです。リケッチャはウィルスと同様に自分でエネルギーを産生することができず、他の生きた細胞に寄生しなければ活動できません。ウィルスと同じように、特定の細胞に入り込むとその細胞の代謝系を利用して活動して、自己複製をして子孫を増やします。ウィルスと異なる点は細胞構造を持っていることです。このためにリケッチャは生物として取り扱われるのが普通です。生物と非生物との区別はそう簡単ではないのです。
つまり、皆が当たり前と信じている「生き物」という概念が実はかなりあいまいなのです。したがって、現在私たちが生物と見做しているイメージとかけ離れた生き物の存在も否定できないのです。たとえば遠く離れた惑星では地球型生命体の主要構成元素である炭素がケイ素に置き換わった生物がいる可能性があります。その惑星のヒトはガラス人間かもしれません。また、自己内外の区別を言う条項を無視して、有機物のスープである海そのものを生命体と考える人もいます。

多くの天文学者が地球以外の生命体(エイリアン)探しに躍起です。1977年に打ち上げられたボイジャー1号、2号は海王星の軌道を超えて太陽系外の宇宙空間を目指しています。現在ボイジャー1号は太陽から薬140億km離れた位置を秒速約17kmで飛行中です。あと4年で太陽系圏を脱出して外宇宙に達します。
この両ボイジャーには地球の生命や文化の存在を伝える金属製のレコードが搭載されています。運よく地球外生命体がこの宇宙船と接触した時にこのレコードから地球生命体の存在を気付いてくれることを期待してのことです。
また、世界中の望遠鏡、さまざまな帯域の電波望遠鏡を用いて外宇宙からの、意味のある電波信号をキャッチしようという地球外知的生命体探査(SETI)というプロジェクトが行われています。
135億光年もの広さを持った宇宙ですから、地球以外に私たち以上の知能をもつ生命体が数多くあったとしても不思議ではありません。しかし、宇宙の時間もまた広さと同様に135億年です。たまたま地球のヒトが電波を扱えるようになった現在という一瞬間に接触を持つことができるのはかなり低い確率になります。
いったいいつになったらエイリアンと接触できるのか、気の遠くなるような遠大な作業です。ところが、このプロジェクトは地球外生命体が電波を信号として利用する私たちヒトのような存在であると仮定して初めて成り立ちます。
生命の概念を変えて考えれば、私たちは日常茶飯にエイリアンと接触しているのかもしれません。なぜならば、ウィルスの起源は地球外にあると考えられているからです。前にも述べましたようにウィルスは自己増殖する時以外は常にエネルギーを使って自己の恒常性を保つ必要がありません。蛋白と核酸だけで構成される単なる粒子ですから真空の外宇宙においても彗星や岩のかけらに付着して何万年も宇宙空間を漂っていられます。そしてこういった宇宙の浮遊物が地球に落下する際に一緒に飛来したはずです。
ですからウィルスは太古の時代から地球に住みついていたと考えられます。そして自分たちが増殖するのに都合のよい細胞というものが地球に誕生してからは、私たちがいわゆる生命体と呼ぶ存在と一緒に反映してきたのかもしれません。そして現在、私たちの周りはこのエイリアンたちで溢れかえっています。
それどことかそもそも、ヒトのように酸素を吸ってエネルギーを産生する動物の細胞の生命維持に不可欠なミトコンドリアという細胞内器官は、大昔に動物の細胞に侵入したウィルスであったとする説が有力です。
新型インフルエンザだ、エイズだと、私たちに対する敵対する存在としてばかり強調されるエイリアン、ウィルスですが、彼らの存在なくしては私たち地球型生命自体が存在しなかったようです。

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