投稿日:2011年2月21日|カテゴリ:コラム

小さい頃、多くのかたが玩具を手で操作して、そのおもちゃになったつもりで遊んだ経験をお持ちだろうと思います。玩具はアトムだったり、ゴジラだったり、ガンダムだったり。そういう遊びをアトムごっこ、ゴジラごっこ、ガンダムごっこといいます。女の子もセーラムーンごっこやあっこちゃんごっこをしたはずです。
こういう「ごっこ遊び」は玩具の人形に感情、思考、意思を吹き込むと同時に、それはあくまで人形であって自分自身とは違うということを意識できるからこそ成り立つ遊びです。
人形を使った「ごっこ遊び」だけではありません。女の子が大好きなままごと遊びも、各々がお父さん役、お母さん役になってバーチャルな家庭生活を演じる遊びです。演じるということは、本当はお父さんではないことを自覚しつつお父さんの思いや考えを模倣するということです。そのためには自分と他人との区別を明確にできるとともに、他人の感情、思考、行為を自分の脳内に再現することができなければなりません。こういう高次の精神機能を可能にするのがミラーニューロン(mirror neuron)です。

ミラーニューロンは1996年にイタリア、パルマ大学の神経科学者のジャコモ・リゾラッティたちによって発見された神経細胞です。彼らはマカクザルの脳を研究して、猿が自ら行動する時と、他の猿が行動するのを見ている時、両方の場面で同じような活動をする神経細胞を発見しました。そして、他者の行動を見て、まるで自分自身が同じ行動をとっているかのように「鏡」のような反応をするので「ミラーニューロン」と名付けました。
その後の研究で、この神経系は霊長類と幾種類かの鳥類で確認されました。ヒトでは前運動野と下頭頂野に存在するようです。
この発見は脳神経科学における画期的な糸口となり、世界中の研究者がミラーニューロンに関する研究を始めて、様々な報告がされるようになりました。
生まれたてのマカクザルはヒトの表情を見つめて模倣しますが、この時にミラーニューロンが活動します。成体の猿では表情を模倣する能力は喪失しますが、ミラーニューロンは他の猿の行動を認識したり、理解したりすることに役だっているようです。
ミラーニューロンは他者の行動を予想して、企図するところを理解する能力を担っているとの報告もあります。島皮質前部とした前頭皮質のニューロンシステムは自分の情動(快、不快)に反応するだけでなく他者の情動を観察する時にも活動する所から、「共感」に深く関与すると考えられます。
さらに、ヒトのミラーニューロンシステムはブローカ野と呼ばれる言語中枢に近い下前頭皮質で見つかっているので、ヒトの言語は、ミラーニューロンによる身振りの実行や理解のシステムから生まれたと言われています。
自閉症の児童は自分と他者とをうまく区別することができません。このために「自分」と「あなた」とを混同しがちです。また自閉症の子供は、自分をアトムやセーラムーンに見立てることができないので、「ごっこ遊び」をすることが極めて苦手です。この症状は自閉症児童でミラーニューロンの働きに欠陥があるからではないかと考えられます。
さらに一歩飛躍して、精神活動の根幹である「意識」の中核を担っているのではないかと主張する研究者もいます。
ごく最近発見されたニューロン系ですから研究は未だ緒に就いたばかりです。ですから、このニューロン系の働きについてこの他にも数多くの報告がありますが、いずれもまだ可能性を論じる仮説の域を出ていません。

しかし、この神経システムの発見は脳科学の領域における研究に一大飛躍をもたらしてくれるのではないかとの期待が高まっています。これからしばらく「ミラーニューロン」から目を離せません。

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