投稿日:2010年12月13日|カテゴリ:コラム

今年は10月に国勢調査が行われました。国勢調査とは統計法という法律に基づいて国(総務省)が行う我が国に居住する人全員に対する大規模調査です。ある時点における人口、性別、年齢、家族構成、就業実態などの人口及び世帯に関する実情を把握するための調査、分析です。また、その他多くの調査が母集団の一部を抽出して行う標本調査であるのに対して、この調査は母集団全数を対象として調査する全数調査です。
この調査の解析結果は我が国の今後の政策の方向を決定する際の重要な指標となります。具体的な役割は以下の4つがあります。
1.    公共政策における公平性の確保及びコンセンサスを形成する。
2.    国の統計体系における中核となる。
3.    市町村あるいはそれ以下の地域レベルに関する詳細な統計を得る。
4.    各種の研究や分析における基礎資料となる。
さらには、世界レベルでの政策決定にも各国での国勢調査はとても重要な資料を提供してくれます。このために国連が各国の国勢調査のあり方を以下のように勧告しています。
1.    調査対象を個別に把握すること。
2.    国土の範囲を網羅していること。
3.    調査が同一時点で実施されること。
4.    定められた周期で調査が実施されること。
具体的には
1.    住民を対象に、調査が実際に行われる。したがって、住民台帳など他の資料を集計した業務統計は含まれない。
2.    ある地域に住む人全員を対象にすること。
3.    調査票を用い、調査対象である住民が自ら答えること。
4.    記入内容は、氏名を含む個人の属性情報を記載すること。
5.    「うちの町は全部で○○人」といった単なる計数調査にしないこと。
6.    調査エリアごとに調査員を派遣し、回答結果のチェックや回収を行うこと。
7.    「○月○日時点での情報」といったように、調査時点を定めること。
8.    規則的に実施されること。
でなければならないと考えられています。
一方、国民、いや日本国内に居住する人すべてにもこの調査に回答する義務があります。前記の統計法第19条には、「申告をせず、又は虚偽の申告をした者、申告を妨げた者に対して、6か月以下の懲役もしくは禁錮または10万円以下の罰金に処す」と規定されています(実際には戦後一度もこの条文が適用されて処罰を受けた者はいませんが)。このように、国勢調査は我々にとっても国にとっても極めて重要な業務なのです。
労力も費用もかかるために毎年行うことは難しいので我が国では下一桁が0と5が付く年に5年に一度行われます。総務省の事業といっても、実際に調査に当たるのは各市区町村です。市区町村は国勢調査だからといって通常の業務を休むわけにはいきませんから、地方自治体は5年に一度の10月はとても忙しくなります。今年も市区町村職員は猫の手も借りたいほどの騒ぎだったようです。
ところが、今年はその忙しさの内容がこれまでとは様変わりしたようです。職員たちが残業して奮戦したのは未回収の調査票へ住民代表から必要事項を書き写す作業だったのです。先ほど述べたように、公正調査においてもっともやってはならない禁じ手です。
なぜ、このような不正が行われるようになったかというと、今回調査方法が変更になったからです。5年前までの国勢調査では調査票の配布、回収は調査員が各戸を訪れて行っていたのですが、今回から回収はインターネットを介しても、郵送でもよくなりました。
この変更は回収率の向上が目的とされていますが、本当は人件費の削減を目論んだものと考えられます。なぜならば、以前は調査員が回収に赴いた時に留守であった場合には再度日を改めて訪問したり、調査票を回収時にチェックして未記入事項はその場で記入してもらったり、分かりにくいところは説明しながら記入してもらっていました。したがって、回収率はかなり高かったですし調査内容もより正確でした。
ところが、インターネットによる回答と郵送を認めて、調査員による再訪問を止めてしまったために実際の回収率は大幅に低下してしまいました。こんなことは初めから予想されたことです。誰だって、忙しい中、七面倒くさい調査票記入なんかしたくないのです。調査員が何度も訪ねてくるからなんとか書き込んで出していた人は少なくありません。いくら義務だといても実際に処罰されないのですから、催促する人がいなければそのまま放置あるいは廃棄してしまう人が出るのは当たりまえです。
その危惧は現実のものとなりました。今年の本当の回収率は大幅に低下しました。外国人が多数住む都市部ではこの傾向が顕著でした。こういう事態を想定していた総務省は市区町村に未回収分については住民基本台帳を転記せよとの暗黙の指令を出していました(総務省は口が裂けても認めないでしょうが)。
来春以降、今回の調査結果が発表されますが、住民基本台帳を移しているのですから、表向きには高い回収率を示すことは言うまでもありません。しかし、それでは就業状況など国勢調査の目的である日本在住者の現実の姿を把握することは不可能です。住民台帳を写して済むのであれば、何も改めて国勢調査などする意味がありません。今回の国勢調査は有名無実の典型と言えます。
緊縮財政の最中、国勢調査にお金をかけられないというのであれば、7年に一度にすればよいのです。回数は少なくても内容のある調査をするべきではないでしょうか。
仕分け作業を見ていても、形だけで中身のない事業が多いことに驚かされます。官僚の皆さまは難しい試験を突破したのだから優秀な頭脳を持っているはずです。その頭脳を、予算獲得と形式を整えることに小ずる賢く使うのでなく、各政策の中身を充実させるために活用してくれるならば、現在我が国が抱えている問題の多くが解決するのではないでしょうか。
自分たちも、自分の子孫も国民の一人であることを忘れずに、国政にあたることを切に望むところです。

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