投稿日:2010年11月28日|カテゴリ:コラム

先日NHKの「ためしてがってん」で紹介された影響で男性の更年期障害が急に注目されています。先日も私のクリニックに「自分は更年期障害ではないか」と言って来院された患者さんがいました。
以前のコラムで更年期障害という病名が正しく理解されていないことについてお話ししました。繰り返しになりますが、もう一度更年期について説明します。更年期とは、幼児期とか思春期と同様に、人間が便宜上定めた人生の一つの期間を表す用語です。具体的には45歳から65歳までを更年期と呼びます。
ところが障害という言葉と組み合わされた更年期障害が有名になって、この名前が独り歩きしてしまいました。その結果、更年期というとそれだけで、病気のマイナスイメージが付きまとうようになったのです。そこで、最近は更年期という名称をやめて「実年期」と呼ぶように提案されています。
言葉通りに解釈すると、更年期障害とは45歳から65歳までの期間に起こる健康障害がすべて該当します。その中には腕の痺れと肩こりもあるでしょうし、気分が沈むこともあるでしょうが、とりあえずはすべて更年期障害と言えます。やがて診察、検査を進めた結果、頸椎椎間板に異常が見つかれば、「頸椎すべり症」という診断名に変更になります。気分だけでなく意欲の低下や睡眠障害が持続していれば「うつ病」と診断されます。
こうして、当初は更年期障害として片付けられていた病態は診断が進むことによって整理され、本来の診断名を与えられます。ところが、どうしても他の診断名に辿り着かないで残る一群の病態があります。彼女たちの不定愁訴は卵巣のホルモン機能の低下によって起きていると考えられます。これが本来の更年期障害です。つまり、更年期障害の中核は卵胞ホルモンの減少によって起きるpostmenopausal syndrome(PMS)のことを指しているのです。ですから本当は更年期障害などというあいまいな病名を使わないで卵巣機能低下症と呼ぶべきだと思います。

女性が更年期になると、女性であることの象徴的現象である月経が消失します。つまり、排卵しなくなるので、雌として次世代を製造することができなくなります。
これに比べて男性の場合には、生殖に際する儀式の勢いが落ちることは否めませんが、次世代を作るという本来の生殖能力は80歳を超えても保持しています。言い方を変えれば、男は死ぬまで雄です。このために長い間、加齢に伴う性ホルモン機能低下による病態は女性の専売特許でした。
ところが、最近になってようやく男性でも加齢に伴う性ホルモン機能低下によっていろいろな不具合が起きることを認めてもらえるようになりました。それが加齢男性性腺機能低下症候群(Late Onset Hypogonadism in males《LOH症候群》)です。
精巣で作られるテストステロン(testosterone)は加齢とともに減少しますが、普通はゆっくりとしたカーブで減っていきます。ところが、加齢以外の因子、たとえば精神的なストレス状態などが加わりますと、急激に減少することがあります。こうなると心身両面にわたって様々な症状が出現します。
精神的には気分の抑うつ、イライラ、不安感、物忘れ、集中力の低下、不眠、性欲の減少などが、身体的には易疲労感、倦怠感、勃起不全、体毛の減少、筋肉痛、骨・関節痛、内臓脂肪が増加して筋肉がやせる、勃起不全などが良く見られます。
要は、雄々しい男性らしさが衰えた状態という極めて由々しき事態です。であるにも拘わらず、女性の更年期障害はかわいそうな病気として認知されている(むしろ過剰に拡大解釈されている)のに対して、男性のこの病態はこれまで病気として認められてきませんでした。同情されるどころか、「情けない」とか「だらしがない」とか、侮蔑の言葉を受けることも少なくなかったのではないでしょうか。
LOH症候群の存在が啓蒙されることによって、こういったおじさんたちにも、やっと希望の光が当たったのです。症状に苦しみながら甘んじて軽蔑されないですむだけではなく、減少したテストステロンを補充することによって元気な男に戻ることができる可能性があるからです。

更年期は男女両方にとって、人生の中で困難の多い時期です。性機能の低下だけでなく、子供の学費の工面、親の介護、出世競争からの脱落、定年退職等々、多くの社会心理学的な難問を抱える時期でもあります。おばさんだけでなく、おじさんもつらいんです。

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