投稿日:2010年9月13日|カテゴリ:コラム

今回のコラムでは差別用語とされる言葉を用いますが、あくまで医学用語として使っています。もしあなたが自分に当てはまるとお感じになったとしても、決してあなたの人格を否定あるいは侮蔑するものではないことをあらかじめ申し上げておきます。

「利口な馬鹿(idiot savant)」とはフランスの精神医学で過去に用いられていた症状名です。全体としての知能の発達は遅れているのに、ある特定の面での才能が際立って優れている人を言います。
特殊に優れている才能は地名、人名、番号、他人の誕生日、カレンダー、道順、時刻表などの機械的記憶力であったり、リズム感、絶対音などの音楽的才能であったり、限られた領域の能力です。知能の自由な発展、応用は著しく制限されています。中でも抽象的な理解、思考能力は際だって劣ることが特徴的です。
近年になって小児自閉症の研究が進んだ結果、こういった一群の人は小児自閉症がある程度改善した状態あるいは小児自閉症そのものだと考えられるようになりました。

2008年6月のコラムでアスペルガー症候群について書いてから、私のクリニックに「アスペルガー症候群かどうか診断して欲しい」と希望する来院者が増えました。そういう方の大半が程度の差こそあれ、アスペルガー症候群の範疇にはいると判断できました。アスペルガー症候群が私の予想よりも多いことにびっくりしています。
その時のコラムで説明したように、アスペルガー症候群や小児自閉症は自閉症スペクトラムとして捉えるべきです。この自閉症スペクトラムの中で発達障害の程度がより重症な低機能自閉症がカナー型自閉症であり、障害が軽い高機能自閉症がアスペルガー症候群なのです。
アスペルガー症候群は障害の程度がカナー症候群よりも軽いので知能テストによって判定される知能指数(IQ)は正常あるいは高い得点を示します。しかしながら知能テストでは測れない、より高次で複雑な機能が障害されていますから、他者との円滑なコミュニケーション、非言語コミュニケーションがうまくできず、興味や関心の対象が極めて狭く限定され、反復的・情動的な行動でないと安心できない、運動が不器用といった特徴的な症状を示します。
その場の空気が読めなかったり、言外の意味を汲み取れないといったことによって、社会の中で生きていく上で相当なハンディキャップを背負っています。一つの課題にじっくり取り組む場面では、人並み以上の能力を発揮できるのに、組織や社会の中で上手に生きていくことができないのです。つまり、アスペルガー症候群の障害はカナー型自閉症のように知能指数には現れない軽症のidiot savantと言うことができるのではないでしょうか。
こういった人々が口八丁手八丁の名営業マンになれないのは言うまでもありません。職人や研究者が向いていると思います。得意分野の仕事をやらせたら右に出る者はいないけれど、とにかく不器用な生き方しかできない職人さんたちの中にはアスペルガー症候群の人が少なくないと思います。優秀な研究者の中にも多くいると思います。アインシュタインがアスペルガー症候群であったことは有名です。
ところが、今の世はこういった人たちが生きにくい世の中です。職人は尊敬されずに後継者も払底してしまいました。武骨な研究者の姿も見られなくなりました。こういった人たちと対極に位置する人たち、すなわち、上手にプレゼンテーションして、スポンサーを捕まえる能力に長けた研究者しか生き残れません。何一つ奥深く極めることはできないのに、ただただ周囲の空気を読むことにだけ長けた人間がもてはやされる時代です。
何物にも動じない信念とは無縁で、ただ周囲の目の色や空気を読んでその場に合わせて口からでまかせをペラペラしゃべるものが賢いと勘違いされているきらいがあります。
確かに、周囲の空気が読めずに、周囲の人間と円滑化コミュニケーションが取れない人間ばかりでは困りますが、調子よく周囲に迎合してタイミングの良いジョークや決め台詞をいって見栄を切る人間ばかりでも、これまたよい世の中になるはずがありません。特に、人を指導する立場の人がそうであっては組織も社会も発展するはずがありません。

国のかじ取りを担う政治家はもっとも深く思考して強い信念を持っていなければならないはずです。ところが最近の政治家は、世論調査とやらによる数字を気にしてばかりで、熟慮とか信念というものをどこかに置き忘れてしまったようです。今日の発言がその晩のテレビの結果で翌日には180度変わってしまいます。
浮気な世論ばかりを気にして、空気を読む能力だけには長けているけれど、真実を突き詰めて思考する能力の劣っている人もある意味では「利口な馬鹿」なのではないでしょうか。今、国会はこの手のidiot savantで溢れかえっています。憂うべき事態です。
日本の将来にとって本当に必要な為政者は、いずれのidiot savantでもなく、バランスよく発達した人格の指導者なのです。

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