投稿日:2010年8月9日|カテゴリ:コラム

老年期精神医療関係者の啓蒙活動によってアルツハイマー型認知症で代表される認知症(痴呆)は我が国で多くの人によく知られるようになりました。認知症に対する理解は深まったのですが、今現在、認知症に対する治療薬はドネペジル(アリセプト®)一種類しかありません。しかも、この薬剤は認知症本体を治して元の機能に戻すわけではありません。進行を遅らせる効果しかないのです。
現在、世界中でアルツハイマー型認知症の治療薬開発にしのぎが削られていますが、こういった開発中の薬も進行を遅らせたり、発症を予防することを狙ったものがほとんどです。進行してしまった認知症を治すことはできそうにありません。
こうした流れの中で老年精神医学者が注目しているのがMCI(mild cognitive impairment:軽度認知障害)という概念です。
MCIとは記憶は年齢相応を超えた機能低下があるものの、認知機能や社会生活に支障をきたしていないために認知症とは診断されない人たちを言います。
なぜ、注目されているのかというと、最近の研究でこういう人たちが早晩、本当の認知症に発展していくことが分かったからなのです。つまり、認知症予備軍、あるいは潜在的認知症と言えます。したがってこういう一群の人たちを早期に発見して、治療プログラムに乗せることこそが最も有効な認知症対策ではないかと考えられるのです。
ここでMCIの定義を以下に整理してみます。
1. 年齢に比べて強い記憶障害がある。
2. 日常生活は自立している。
3. 全般的な認知機能は正常。
4. 認知症の診断基準を満たさない。
5. よく観察するとBPSDがしばしば認められる。
BPSDとはbehavioral and psychological symptoms of dementiaの略で、認知症に伴って認められる周辺症状です。具体的には暴行や暴言、徘徊、幻覚・妄想、抑うつ、意欲低下などの症状のことです。つまり、はっきりとした認知症の症状が出そろう前に、周辺症状だけが目立つ場合があるのです。こういう症例は今までは老年期精神病とか老年期うつ病と診断されていた可能性があります。
この段階で認知症の予備軍と判断するか否かで予後が大きく変わってくる可能性があります。実際に最近の研究で、MCIの段階で早期に対処すると本当の認知症にならないで天寿をまっとうできる可能性があることが示されました。
早期の対処とは、認知症の増悪因子である、高血圧、糖尿病、高脂血症などの基礎疾患を厳格に治療すること。規則正しいライフスタイル、食生活を確立すること。保護的で快適な生活環境をたもつこと。そして、ドネペジルを服用させることです
皆さんの周囲でMCIに該当しそうな高齢者はいらっしゃいませんか。もしそういう老人を見つけたならば、速やかに精神科医への受診を勧めましょう。

私も最近、人の名前や用語が喉元まで出かかっているのに、なかなか正確に口に出せないことが増えました。その結果、「あれ」だとか「それ」だとかの多い会話になってきました。息子から「何を言いたいのかは分かるけど、ちゃんと思い出さなければいけないからちゃんと思い出すまでは答えてあげない」と言われることがあります。
高血圧、糖尿病、高脂血症はないのですが、お世辞にも規則正しい生活をしているとは言えません。要注意ゾーンにさしかかっているのかもしれません。ドネペジルを飲み始めようと思っているところです。

【当クリニック運営サイト内の掲載記事に関する著作権等、あらゆる法的権利を有効に保有しております。】