現在我が国に突きつけられている喫緊の課題の一つは天文学的に膨れ上がった財政赤字です。この底なしの経済地獄から抜け出す方法として管新総理が打ち出した経済基本政策、「第3の道」が物議を醸しています。これまでは思い切った財政出動によって景気を浮揚し、その結果税収増代を図るべきという考え方と、まずは赤字を解消すべく税収を増やすべきであり、その上で経済対策を考えなければならないという考え方が対極的に議論されてきました。
ところが、管総理は増税をしながら景気浮揚をできる第3の道があると提唱したのです。残念ながら今のところ、彼の提案は理念と総論だけで具体的な方法論とその工程が明らかにされていません。しかし、財政赤字解消が先か景気浮揚が先かという「鶏・卵」論争に一石を投じたことだけは確かなようです。
皆さんも「鶏が先か?卵が先か?」という問いを耳にしたことがあると思います。この言葉は、鶏のルーツを考えた時に、最初にこの世に出現したのは鶏なのだろうか、はたまた卵なのだろうかという問いかけです。鶏がいなければ玉子を生むことができない。しかし、卵が現われなければ鶏は生まれない。
言い方を変えれば目の前にいる鶏は必ず卵から孵化したわけです。しかしその卵は親鳥が産んだのです。その親鳥も卵からかえったのだし、その卵は祖母鶏が産んだのです。こうやって延々と遡っていっても結論は出ません。
このことから、いくら原因を追及しても堂々巡りで結論が出なくなった時に「それはいくら考えたって鶏が先か卵が先かだよ」といった使い方をします。
私が日常携わる医療の場面においても、鶏・卵論になってしまう問題は多々あります。たとえば、精神障害の最大の原因である人間関係。
「Aさんが私に嫌がらせをする。Aさんは私を嫌っているみたいです。」こう訴える方からもっと詳しく話を聞くと、どうもその人がAさんを嫌っているように思えます。そのことを指摘すると、「そんなことはありません。私はAさんのことを認めています。でもあの人が私を嫌うから、私も好きにはなれない。」とおっしゃる。
でも、多くの事例を通して人間関係を考えると、どちらかが一方的に相手を嫌って意地悪をするというケースはそう多くはありません。大半の場合はその人も相手のことを嫌いなのです。積極的に嫌いとまで言わなくても好きなタイプではないことが大半です。ですから、相手の言動を悪く悪くとらえてしまいます。ですから、それ程の敵意がない相手の行動に対して被害的に反応してしまうのです。
実際にはお互いさまなのですが、人間という代物は現実をあるがままに捉える事が苦手です。少なからず、自己正当化します。すなわち、自分は相手に悪意を抱いていない。むしろその人の価値を認めて敬意を払う度量を持っている。にも拘らず相手が一方的に自分を嫌悪している。こう解釈したがるのです。
こういう人間関係のもつれからくるストレスを解消するには、どちらが先に嫌っているのかという「鶏・卵」論争に陥ることを避けて、お互いの相性が良くないという事実を認めることが肝要です。
慢性の不眠を訴える方の中に、昼寝が常態化している場合があります。夜、十分に眠れないので昼間眠たくなる。どこかで十分に睡眠を取っておかなければ身体によくないと思いこんで、昼寝をする。するとその晩は昼寝の効果が出て、またもや不眠になる。すると翌日はまたもや眠たい。この繰り返しで地球の自転に同期した睡眠覚醒リズムが完璧に破壊されてしまいます。
こうなってしまうと、夜眠れないから昼寝をするのか、昼寝をするから夜眠れないのか分からない「鶏・卵」の関係が完成されます。この状態を解消するには鶏と卵との両方に働きかける必要があります。すなわち、適切な睡眠導入薬によって夜の睡眠を促すと同時に、御本人の努力によって昼寝を止めなければなりません。やたらに睡眠導入薬を大量投与するだけでは問題解決しないのです。さらに、不眠のきっかけとなった精神障害やストレスの元を解決しておく必要があることは言うまでもありません。
増税すれば景気が悪くなり、結局税収は減少する。いや、目先の景気対策のために増税しないで、財政赤字を放置しておけば近い将来日本は不景気どころではなく破産してしまう。
この「鶏・卵」論争に関しても、現実的には税収と景気対策の両面に働きかけることしかないのではないかと思います。大変難しい舵取りになるとは思いますが、是非とも第3の道政策を早急に具体化していただきたいと思います。ただし同時に、このような悪循環の輪を作った大きな原因の治療を行うことが大前提だと思います。すなわち、官僚の天下りをはじめとする、戦後60年の間に抜き差しならない程度になった社会構造の歪み革命的に正さなければなりません。