投稿日:2010年5月10日|カテゴリ:コラム

「ファー!!」
ゴルフをやったことのある方ならば聞き慣れた言葉だと思いますが、ゴルフの経験のない方のために説明をします。
「ファー!」とは英語の「far」であって、「遠く離れて!」といった意味で、ゴルファーの打った球がとんでもない方向に飛んでしまい、隣のコースでプレイしている人たちに危険を及ぼす恐れがある場合に、その人たちに気をつけるように促す言葉です。緊急の警告ですから、本人、キャディあるいは同伴者が声をそろえて大声で叫ぶのが正しいやり方です。
コースの間を遮っている林を通して届く声でなければなりません。昔、平井堅はアルバイトでキャディをしていたことがあったそうです。そこでベテランのおばさんキャディから「あなたの発声はダメ。もっとお腹からファーと声を出さなければだめよ。」と注意されたそうです。彼の美しい高音はそのおばさんから指導されたファーの賜物なのかもしれませんね。

バブル経済の崩壊で下火になっていたゴルフが再びブームになってきたようです。皆のふところ具合がよくなったからではなく、石川遼、池田雄太、宮里藍、横峯さくら、諸見里しのぶなど若手ゴルファーの活躍に負うところが大きいのではないでしょうか。
また、いったん破綻して経営者が変わったゴルフ場では料金がバブル時の数分の一にまで下げられました。少し遠いゴルフ場ならば、昼食代込みで、10000円以内で一日遊ぶことができます。車1台に4人乗って行けば、麻生さんの置き土産の高速道路1000円制度のおかげで、そう高い遊びではなくなりました。こういったデフレ経済もブームの後押しをしているようです。
これまでゴルフとは無縁であった方々がゴルフに関心を持つようになったのは喜ばしいことなのですが、にわかゴルフファンの急増による混乱も大きく報道されるところです。
ヨン様の追っかけと同じノリのギャラリーが石川遼の後をぞろぞろ付いて回り、神経を集中しなければならない大事な場面でも、そんなことはお構いなしに大声を出したり、写メを撮ったり。
昨年秋、私のホームコースでジャパンオープンが開催されましたので、観戦に行きました。しかし、あまりの人の多さと、その人たちのマナーの悪さにあきれ返ってしまいました。
マナーの悪さは、にわかゴルフファンのギャラリーだけではありません。ブームに乗ってゴルフを始めた人もスイングや服装はプロばりであっても、ゴルフ場における行動のいろはを教えられないまま、ゴルフ場に来ている人が少なくありません。
バンカー*1で打った後はきちんと砂をならす。グリーンのディポット*2は修復する。グリーンでは芝生を傷つけないように足を引きずって歩かない。他人のプレイ中は邪魔にならないように、プレイしている人の前後に立たない。こういった、ゴルファーとしての基本的なマナーを守れない人が少なくないのです。

多くのゴルフマナーは何回もプレイして機会あるごとに注意されていれば、次第に身についていくはずですが、ベテランゴルファーにも多く見られるもっと困った問題行動もあります。それはスロープレイと「ずる」です。
ゴルフは一つのゴルフ場で4人一組、6~7分程度の時間をずらして皆で使って楽しむものです。ですから、次の組を待たさないように迅速な行動が要求されます。
ところが、他の人のことなど眼中になく、自分だけがよければよいというわがままなゴルファーが後を絶ちません。そんなことは練習場でやっておいてほしいと思うほど念入りに素振りをする。さあ今度こそ打つのかなと思いきや、再び素振り。それからボールをにらみつけて数分間、身体が固まってしまったのではないかと心配するほど長いアドレスの後やっと球を打つ。やれやれと思いきや、そういう人に限って歩行速度も超スロー。
こういう人が一人でもいると、高速道路の渋滞と同様に、その後の組は一日中待たされ続けることになります。ゴルフのプレイ時間の目安はハーフ(9ホール)2時間とされていますが。最近は2時間以内で回れることはめったにありません。
その人たちの前はずうっと空いてしまいます。こうなるとゴルフ場でも放っておけないので、「前が空いていますので、もう少し早くプレイしてください。」とやんわり注意します。この注意で行動を正す人はもともとスロープレイをしないので、注意されて改善されることはまず期待できません。中には、いけしゃあしゃあと「私が遅いのではない。前が早すぎるのだ。」と反論する人さえいます。
もう一つの不治の病は「ずる」です。ゴルフは本来自分と自然との闘いです。だからゴルフの大原則は「あるがまま」なのです。原則としてどんな場所にあったとしても人為的な操作をしないで次のショットをしなければなりません。たとえば、すごくうまく打てたのに、丁度その時瞬間的に強い風が吹いて、球がバンカーに入ってしまうこともあります。それでも言い訳せずにバンカーから打たなければなりません。それこそが自然の中での遊びの醍醐味と言えます。めったにないことですが、これとは逆に、へぼ打ったのに偶然木の枝に当たった球がカップの中に吸い込まれることだってあるのですから。
ところが、スコアにこだわるあまり、人目の付かないうちに自分の球を打ちやすい場所にそっと移動する人がいます。
傍から見ているとどうしても右の林の中に飛び込んでOB*3ラインを越えてしまったのではないかと思えるのですが、一目散に自打球を探しに行った人がにこにこしながら「助かってました。」と平らな芝生の上のボールを指さしている。
追い風に乗ってグリーン奥の砂利道の方へ飛んでいったと見えたボールなのに、いち早く現場捜索に向かった御当人は、後から到着した同伴者に向かって「ラッキー」なんて言う。その足元を見ると、そこだけ盛られたようになった草地にちょこんとボールが乗っている、といった具合です。
こういうことをする人は、普段から嘘吐きのどうしようもない人かと言うとそうではないのです。社会的地位もあり、普段は謹厳実直で通っている人にも結構見受けられるのです。ことゴルフに関するずるは、ゴルフ以外の生活場面における人格と別次元のように思えます。
それではゴルフが下手な人なのかと言うと、そうでもないのです。むしろ、そこそこの腕自慢の方に多いようです。昔、テレビで活躍した大橋巨泉という人物のずるゴルフは有名です。彼はゴルフ上手で通っていましたが、あまりのずるの多さにいくつかのクラブから出入り禁止を食らったと聞いています。
因みに、偉そうにゴルフ談議をしている私ですが、ゴルフの腕前は「ど下手」です。なにも謙遜しているのではありません。今まで一緒にプレイをした人の中で、私より下手な人を見たことがないのだから、間違いありません。
私クラスになると、これはもうちょっとやそっとずるをしても結果に大した影響がないのでずるをする気にもなりません。ただし、あまりにもたくさん叩き過ぎて計算できなくなってしまうことはよくあります。
ずるをするきっかけは、賭けゴルフにあるようです。腕自慢の人たちが賭けをすると、1打多いか少ないかで結果が大きく違ってきます。このために少しでも打ちやすい所に動かしたいという誘惑に負けてしまうようです。そして、いったんずるをすると、麻薬のように止められなくなります。賭けをしていない時でもずるをしないではいられなくなります。それほど打ちにくい場所にあるわけではないのに、それでも少し動かざるにはいられなくなるようなのです。「ずる依存症」と言っても過言ではありません。これは不治の病ですので、ゴルフをやめない限り治りません。

いつも運よく九死に一生を得るゴルファー。そんなゴルファーが自分の打った球を追いかけて林の中に走っていく姿を見ると、私は思わず大声で警告を発したくなります。「フェアー(fair play)!!」と。
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*1バンカー(bunker):砂で満たされたくぼ地。
*2ディボット(divot):打った球が落ちた衝撃でグリーン上にできるへこみ。放っておくとへこんだままであるだけでなく、その場所の芝が枯れてしまう。自分の打球によってできたディボットはフォークという道具で持ち上げて平らに修復するのがマナー。
*3OB(out of boundsの略):ゴルフ場の境界外。打球がこの線を越えてしまった場合には、元の場所から再度打ち直し、一打罰を加えるので、その球は第3打目となる。

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