投稿日:2010年4月26日|カテゴリ:コラム

先日、母校の薬理学教室の同窓会で私の後輩であり、薬理学教室での共同研究者だったM先生の講演を聴きました。彼は内科診療所を開業して日々臨床に携わる傍ら高血圧に関する研究をしています。国内の学会発表に止まらないで海外の権威のある論文にも研究成果を発表しています。このような散文を書く以外は惰眠を貪る私などは足元にも及ばない立派な臨床医です。
彼は高血圧治療に関する幅広い最新の知見を総合的に解説してくれました。その中で、24時間周期で変動する血圧をどうやって上手にコントロールするかという話を聴いていて、とても懐かしく不思議な気持ちになりました。
彼と私は薬理学教室で延髄の血管運動中枢(血圧をコントロールする中枢)について研究していました。この血管運動中枢の神経細胞は様々なリズム活動をしています。もっとも優勢なリズムは血管運動中枢と同じく、延髄に中枢がある呼吸中枢固有のリズムでした。血管運動中枢神経細胞には呼吸リズムのほかにこの倍の周期、それよりも長い周期など複数の周期性活動が見られました。
私がM先生の講演を聞いて感慨深かったのは、30年前のあの当時、二人で悪戦苦闘した血圧の調節機構に見られたリズムを、彼が今でも追及していることを知ったからです。

生体には実に様々なリズムが認められます。そしてそのリズミカルな振動は機械と違ってメトロノームのように規則正しいリズムではありません。適度なゆらぎをもったリズムなのです。
ヒトの呼吸は15~20/分の周期性活動です。心臓は60~75/分で拍動し続けます。呼吸、心拍のほかで最もよく知られているリズムは概日リズムでしょう。概日リズムとは24時間周期のリズム、つまり地球の自転に同期した周期性活動です。
概日リズムを示す現象としては睡眠・覚醒、各種ホルモン分泌量、体温や血圧があります。それ以外の周期には、数秒周期の腸管の蠕動運動、脳波があります。脳波は8~13c/sのα波、14~30
c/sのβ波、4~7 c/sのθ波、1~3
c/sのδ波に分類されます。この中で最も基本的な活動帯域と考えられているα波の周波数は、面白いことに皮膚表面や体の筋肉の固有振動数でもあります。
概日リズムよりも長い、月の公転周期に一致したリズム性活動があります。言わずと知れた女性の月経周期ですが、実は男性の体重も28日くらいの周期で変動するようです。
さらに長い、地球の公転周期である1年周期の変動としては、渡り鳥の移行やクマや蛙の冬眠、さらにはいろいろな動物の毛の抜け変わりや発情などが挙げられます。ヒトでは年単位の変化はあまり目立ちませんが、よく見ると私たちにも地球の公転に伴う変化が起きているのです。狭義の精神病の患者さんの中には特定の季節になると具合が悪くなる人が少なくありません。
これは知り合いの風俗本の編集者から聞いた話ですが、エロ本やエロDVDは春になると、これと言った広告をしなくてもよく売れるそうです。ヒトは1年中発情しているように思えますが、やはり春になると生殖行動が盛んになるようです。

こうしてみると私たち生き物はどんなに文明とやらが発達しても、所詮地球や月の運動の影響から逃れることはできません。前回のコラムでお話ししたように私たち自身が宇宙、自然のごくごくごくごく一部であることを自覚すればなんら不思議な話ではないはずです。
そして、その宇宙は極短周期から極長周期まで多種多様なリズム性活動から成り立っています。たとえば、ミクロの世界では各原子は固有振動数をもって振動しています。光は光子という粒子であると同時に波でもあります。マクロの世界に目を転じても、地球の磁極は数十万年の周期で逆転してきました。これは地球内部のマントルが対流する際に、その重心が一定の周期で振動していることによるとされています。
地球は太陽の周りを365日ほどの周期で回転していますが、その太陽はまた天の川銀河の中心にあるブラックホールを中心に2億2600万年の周期で回転しています。
さらに、もしかすると宇宙自身が振動しているかもしれません。未だその正体が明らかにされていない暗黒物質*1の量が、もしある一定量以上存在するならば、特異点からビッグバンを経て、現在膨張中のこの宇宙は、やがてその膨張を止めて今度は収縮に向かいビッグクランチ*2によってまた特異点に戻る可能性があります。そして、またその無から膨張が始まる。こうして想像を絶する長い周期でリズミカルな膨張、収縮の振動を繰り返すのかもしれないのです。

再度、私たち人間の世界に戻ってみましょう。個としての生命ではなく種としての生命の立場で考えれば1個体の誕生、成長、老化、死をいう出来事をひとつの周期性現象と見ることができます。生命体とは生殖による世代交代という振動現象に他ならないと言えるのではないでしょうか。
現在最も有力な説によれば、これまでは「無」と思われていた宇宙の始まりの特異点も、実は「真空のゆらぎ」ではないかと考えられるようになりました。私たち生命体を含めて、時空のあらゆる事象の本質はゆらぎを伴う振動であるのかもしれません。
—————————————————————-
*1暗黒物質(dark matter):1933年、スイスの天文学者フリッツ・ツビッキーによって提唱された宇宙に存在する星間物質のうち自力で光っていないか光を反射しないために工学的に観測できないとされる仮説的物質。目に見えないが質量をもつ物質。最近の研究では、この宇宙には目に見える物質の10倍以上の暗黒物質があるらしい。
*2ビッグクランチ(big crunch):予測される宇宙の終焉の一形態。宇宙自身の重力によって膨張から収縮に転じて、宇宙にあるすべての物質を時空が無次元の特異点に収束すること。

【当クリニック運営サイト内の掲載記事に関する著作権等、あらゆる法的権利を有効に保有しております。】