投稿日:2010年3月22日|カテゴリ:コラム

目覚めた時にはなんでもないのに夕方になると下肢を中心にむずむずとした不愉快な感覚が起きてくる。この苦しみから逃れるために脚を動かしたいという強い欲求が起きてじっとしていられなくなる。ベッドに入る頃になると、その異常感覚は激しさを増し、もういてもたってもいられなくなる。もぞもぞ、そわそわ、脚を動かし続けるためになかなか寝入ることができない。明け方近くになるとこの異常感覚が弱くなってきてやっと眠りにつける。しかし、間もなく起床しなければならない。かかりつけの医者から睡眠薬を処方してもらって飲んでもいっこうによくならない。
こういう不眠にお悩みの方はいらっしゃいませんか。あなたは「むずむず脚症候群(Restless Legs Syndrome(RLS))」の可能性が高いのです。この病気についてはすでに昨年のコラムでご紹介しましたが、再度説明したいと思います。というのは、一般の方にまだ十分に知られていないことと、最近新しい治療薬が承認されたからです。
ここで、むずむず脚症候群をもう一度おさらいしてみます。
異常感覚は名前の通り、脚のむずむず感ですが、自覚的には必ずしも「むずむず」という表現だけで表わされるものではありません。「つっぱる感じ」、「ちくちくする」、「ひりひりする」、「むずがゆい」、「虫が這う感じ」、「痒い」、「火照る感じ」、「ピンでなぞられている感じ」、「針で刺されている感じ」、「痛い」、「振動みたい」などさまざまです。出現部位も脚だけではなく、腰や背中にも出現しますし、上肢に異常感覚を感じる患者さんも稀ではありません。中年以降に発症して、男性よりも女性の方が1.5倍かかりやすいことも分かっています。
不眠症の原因疾患として取り上げられるむずむず脚症候群ですが、本体は一般的な睡眠障害と違って、睡眠覚醒機構そのものにある訳ではありません。この病気の本体はどうやらパーキンソン病などと同様に、不随意運動をつかさどる錐体外路系の神経機構の異常にあり、この病気でも脳内のドパミンの機能異常が主な原因であるらしいのです。
むずむず脚症候群の患者さんの85%以上に周期性四肢運動が認められます。周期性四肢運動とは手足の筋肉が20~40秒間隔で0.5~5秒の持続で不随意にぴくぴくする症状です。このうち、睡眠中に起きる短持続の不随意運動は以前、夜間ミオクローヌスと呼ばれて不眠の原因の一つとされていました。その後の研究でもう少しゆっくりしたディスキネジアと呼ばれる運動も見られるし、覚醒時に起きることもあるので周期性四肢運動と呼ぶようになりました。
周期性四肢運動が不随意運動をつかさどる錐体外路系の機能異常であることは疑いがありません。治療的にもクロナゼパムという抗てんかん薬やドパミン製剤が有効なことからも理解できます。
むずむず脚症候群にこの周期性四肢運動が高率に合併すること、また同じくクロナゼパムやドパミン製剤が有効なことが、「むずむず」という異常感覚が主訴であるにもかかわらず運動機能系の機能異常が根本問題であると考える根拠の一つです。
症状が似ているために鑑別が必要な疾患にはアカシジア、睡眠時クローヌス、夜間ディストニア、線維筋痛症、多発性神経障害、下肢の血行障害、うつ病などがあります。臨床的な鑑別は習熟した専門医でないと難しいので、むずむず脚症候群患者さんには誤った診断、治療を受けて長期間にわたって苦しんでいる方が少なくないと思われます。
中でも、精神症状として分類されるアカシジア(起座不能)との鑑別はかなり困難です。アカシジアはドパミン受容体拮抗薬である抗精神病薬の副作用として出現することが多い病態です。日本語の病名が示すとおり、座っても立ってもいられない状態です。
むずむずした感覚が下肢を中心に起こりじっとしていられません。絶えず脚を動かして、足踏みをしたり頻繁に体位を変換したりします。同時に心拍数が増加して息切れがする。精神的には強い不安、いらいらによって不穏状態となります。治療は原因となっている抗精神病薬を減量あるいは中止することですが、そうできない時には抗ヒスタミン薬、抗コリン薬、βブロッカーを併用します。
ドパミンの機能低下が一時的原因であることも共通しているので両者は同一の病気であるという意見もありますが、アカシジアはじっとしている時に限定して起こるわけではなく、むずむず脚症候群と違って午後から夜間にかけて悪くなるという症状の日内変動がありません。発生部位も下肢に限らず上肢、顔、舌など広範囲に起きます。このように幾つかの点で大きな違いがあるために両者の関係については未だ最終結論が出ていません。
ドパミン機能異常による病気の本家本元であるパーキンソン病との関連性も今後の研究の課題として残っています。
むずむず脚症候群の治療は、パーキンソン病と同じようにドパミン製剤が有効ですが、量的にはパーキンソン病よりもはるかに少量で済みます。さて、
これまで厚労省は実際には有効な薬なのに、保険診療における使用を認めてきませんでした。そうなると本来は患者さんたちに自費で支払ってもらわなければなりません。しかも現時点では混合診療は禁止されていますから、その薬の分だけを実費でいただくと言うやり方さえ許されていません。
そうはいっても現実的には診察料をはじめその日の診療費のすべてを自費で支払っていただくわけにもいきません。そこで私たちは保険審査の目をかいくぐるためだけの病名をつけることになります。それを「保険病名」と呼びます。
この保険病名は違反行為ですので表立って言うことはできません(今言ってしまいましたが)。でも実際の臨床では、そうしなければ患者さんの治療ができないのが実態です。ですから保険病名の使用は、むずむず脚症候群に限らず、あらゆる病気の治療で行わざるを得ないのが現実ですから、私がここで書かなくてもすでに公然の秘密です。
むずむず脚症候群の患者さんの場合にドパミン製剤を使用する場合には「パーキンソン病」という保険病名をつけていました。ところがこの度、プラミペキソールというドパミン作動薬の効能・効果に晴れてむずむず脚症候群が認められました。
これから私たちは嘘を吐かずにむずむず脚症候群の治療をすることができるようになったのです。むずむず感や通常の睡眠導入薬で改善されない不眠でお困りの方は専門医を受診することをお勧めします。

【当クリニック運営サイト内の掲載記事に関する著作権等、あらゆる法的権利を有効に保有しております。】