投稿日:2010年3月15日|カテゴリ:コラム

2006年の道路交通法の改正によって駐車違反の取り締まりが強化されてほぼ4年が経ちます。私のクリニックの前の通りではめっきり駐車している車の数が減りました。300円投入すると30分間駐車できるスペースにも車の姿を見かけません。そんながらんとした通りを駐車監視員(緑のおじさん)が暇そうにぶらぶら散歩をしています。
のんびり散歩をして健康保持のためになり、しかも給料をいただけるのですから、駐車監視員は退職後の再就職先としてうってつけのように思います。
さて、この厳しい違反駐車の取り締まりによって通行の迷惑になる駐車がなくなるのはありがたいことですが、さほど邪魔になるとは思われない場所に止まっている車や業務上やむを得ず、ほんの短時間止まっている車に対しても、杓子定規に違反切符を切るやり方は乱暴であり納得がいきません。
わが国の道路交通行政は現実に則していないものが数多くあります。この駐車違反はその代表例です。都内の道路は隅から隅まですべて駐車禁止です。クリニックのすぐ近くに計画途中で中断した片側3車線でどん詰まりの道路があります。両側にこれといった商店もなく、場違いにだだっ広い全長200メートルほどの通りはめったに車が通りませんから、ここに駐車しても誰にも迷惑がかからないと思うのですが、こんな道路にさえ駐車禁止の標識が立っています。
あらゆる道路が駐車禁止になって、緑のおじさんが歩き回っていては路肩への駐車は不可能です。つまり、私たちは駐車場が完備した場所以外には車で出かけられないということになります。
以前、F1レーサーであった中島悟さんがテレビ番組で我が国の道路行政を痛烈に批判していました。「私たちレーサーは走ることが目的です。しかし、一般の車のユーザーは走ることそのものが目的ではありません。別の目的を果たすための移動手段として車を運転するはずです。だから、ずっと走り続けることはありません。言い換えるならば駐車するために走るのです。それなのにこの国では走らせても止めさせない。一般の人に公道でカーレースをしろと言うのでしょうか?」

私は開業から20年間、ずっと往診を引き受けてきました。当時は今のように声高に「在宅、在宅」と叫ばれるずっと以前で、在宅診療に対する報酬もずっと低かったので、多くの開業医は往診を好んではいませんでした。
私も積極的に在宅医療を心がけたわけではありません。口コミで聞き付けた人からの依頼に応じているうちに、いつの間にか週に1日半を往診に充てなければならないほどに膨れ上がってしまったのです。
やがて、在宅医療に高い診療報酬という人参が吊り下げられると、我も我もとこれに飛びつく医師が急増しました。それに反比例して私へのリクエストは減ってきました。今は最盛時の半分程の例です。でも、先日還暦を迎えた私には真冬の雨の中の往診が相当にこたえるようになってきていたので、これ幸いと往診を減らしていこうと考えていました。
ところが、精神科で往診をする医師は今でも少ないらしく、どこからか聞きつけて時々依頼があります。そういう依頼は誰もが引き受けたがらないような難しいケースです。なかなか楽をさせてもらえません。
豊島区は昔の農道がそのまま道路になっているようなところが多くて車での往診はなかなか困難です。そこで往診をするにあたってキャノピーを購入しました。ピザの配達に使用されている50ccの原付三輪車です。これにまたがって豊島区、文京区、板橋区を走り回っていました。15,000kmほど走行するとパワーが落ちて急な上り坂で青息吐息になったので、数年前にバイクを買い換えました。
どうせ走るならば少しは快適にと思って、2代目は改造して屋根を付けたビッグスクーターを選びました。ワイパー付きでハンドルグリップにはヒーターも装着してあります。これで厳しい冬の辛さが軽減されました。こうして少しでも快適に往診業務を遂行できるように工夫してはいるものの、いまだに往診の度にひやひやと気が気でないことがあります。それはいつ何時私のスクーターに駐車違反のステッカーが貼られやしないかという恐怖です。
往診をする医師は警察に申請すれば警視庁所管の「駐車禁止・時間制限駐車区間規制除外車両標章」というステッカーを発行してもらえます。これは駐車禁止の場所に駐車しても違反切符を切られないためのステッカーです。そんなものがあるんだったら、それを利用すれば問題ないのではないかと思われるでしょうが、それがそうともいかないのです。
このステッカー、昔は簡単な手続きで発行してくれました。ところがここ十年ほどは、毎年嫌がらせのように提出書類の数を増やして面倒にして取得しにくくされてきました。
それよりも、もっとも根本的な問題は、このステッカーを発行するための要件が「緊急往診に限る」となっていることです。つまり、在宅医療で定期的に往診するケースは対象外なのです。ですから、「申請の理由」欄には「心筋梗塞とか脳卒中のような病気を書かなければ認められません。私のように「認知症」を診察する時はこのステッカーを利用してはいけないのです。つまり、警察庁は在宅医療を推し進めようとする厚労省の方針を全面否定しているのです。
さらにこのステッカー登録対象はあくまで自動車であって私の往診用スクーターは申請することさえできません。今や世界中で温暖化ガスを排出する化石燃料の使用量の減少に躍起となっています。人一人が移動する際に排気量2,000cc以上で重量が1トンを超える四輪車に乗るよりも、250ccのスクーターを利用する方が環境に優しいことは火を見るより明らかです。にも拘わらず警察庁の方針はこの環境対策の一大潮流にも真っ向から逆らうものです。

今のところ、「往診中」と手書きしたステッカーを作って、往診中バイクに置いています。しかしそんなものは法的には何の効力もありません。私は往診をするたびに違法行為を繰り返さざるを得ないのです。診察中に運悪くサディスティックな婦警か責任感の強い緑のおじさんが通りかかったら問答無用で違反ステッカーを張られてしまいます。そしてこのまま在宅診療を続けていれば必ずその時がやってくるでしょう。
この他にも、円滑で安全な交通の確保を目的に駐車禁止としておきながらお金を支払えば駐車を許すパーキングエリア。国民の健康増進の目的と称しているものの税収の増加が本音の煙草税の値上げ。物事に本音と建前がつきものとは言うものの、この国の行政の在り方にはこのギャップが大きすぎます。
この国は一体私たち国民をどこへ導こうとしているのでしょうか

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