投稿日:2010年3月8日|カテゴリ:コラム

ハイチ、チリ、台湾と大地震が立て続けに起きました。それぞれの地域における地震発生の周期が異なるので直接的な関連性はないと思いますが、巨大地震のエネルギーが他のプレート境界面にさざ波のように伝わって次の地震が誘発されることは否定できないのではないでしょうか。数多くのプレートがせめぎあい、普段から地震の多発する我が国に波及しなければよいと願います。
阪神淡路大地震の直後で地震の話題でもちきりの頃、一言居士の友人Aが「本当に怖い大地震はないんだよ」と言っていたのを思い出しました。Aは怪訝顔の私に「巨大地震の震源近くにいた場合には怖いと感じる前に死んでしまう。怖いと感じられる時間的余裕があるのはそれほど大きな揺れではない証拠なんだよ」と得意げに解説しました。
最初の一撃では九死一生であっても、身動きがとれなくなってその後の火災で焼き殺される被災者が多いと言いますから、Aの説は正しいとは言えませんが、地震の実際の大きさと自覚的な恐怖との関係を説明する上で、中らずと雖も遠からずの名言ではないかと思います。
さて地震の大きさを表す尺度は沢山ありますが、被害規模を基準にした震度と地震のエネルギーを表すマグニチュードとが一般的に知られています。この他に耐震設計の際に問題となる、揺れの加速度を表す「ガル」も重要です。
結果としての被害の程度を反映する震度は、その土地の地盤の脆弱性などに大きく左右されるので必ずしも震源地からの直線距離に反比例しません。一方、客観的な地震エネルギーの規模を表す単位がモーメント・マグニチュード(Mw)です。Mwとエネルギーは常用対数と線形関係にあるのでMwが1増えるとエネルギーが10√10、つまり約32倍であり、2増えると1000倍であることを示します。
今回のチリ地震はマグニチュードが8.8で、近代的な観測が可能になった20世紀以降の地震の中で5番目に大きな地震でした。因みに2004年に22万人以上の死者・行方不明者をだしたインドネシア・スマトラ島沖地震は史上3位でマグニチュード9.1でした。観測史上最大の地震は1960年に今回と同じチリで起きた地震でマグニチュード9.5。今回の地震の11倍を超える大きさだったことになります。
では何故地震エネルギーの大きさを単純に30X、1000Xと表記しないで常用対数を使って1とか2とかで示すのでしょう。多くの自然現象が直線棒グラフで表わされる一次関数では理解しがたい動きをするからです。
多くの現象は指数関数的に増加あるいは減少します。ところが地べたを這いつくばって生きている人間は日常的な生活の中で一次関数的な比例の感覚でしか、ものを捉えにくいのです。そこで本当は指数的な現象を頭の中で想像しやすいような値に変換して提示すると分かりやすいのです。この作業が対数化です。つまり対数表示とは神の世界のできごとを私たちの目に見えるようにするための眼鏡の役割をしていると説明している方がいます。とても分かりやすい表現です。
私たちが指数現象を直観することが苦手であることを示す1例をあげます。厚さ0.1mmの新聞紙を100回折りたたむと厚さはどのくらいになると思いますか?答えは1023km。言い換えると1010光年(100億光年)です。何と宇宙の果てに近い厚さになってしまいます。この際、新聞紙の広さの方は一辺が原子の直径よりも小さくなってしまいます。
紙を折りたたむという日常的な行動からはちょっと想像できないスケールの結果を生じるわけです。新聞紙を100回も折りたたむことなんてありえない作業ですが、自然界ではこの折りたたみ作業が頻繁に行われているのです。
宇宙創成の歴史は時間的にも空間的にも指数現象です。宇宙誕生から10-44秒後に重力が他の力から分離しました。その後加速度的膨張をして10-4秒後にクォークが閉じ込められてハドロンとレプトンが誕生します。つまり、熱く光に満ちた世界になりました。まっかな火の玉状態の宇宙が今の恒星などを有する宇宙構造になったのが105年です。
生体の薬物に対する反応も線形グラフには乗ってきません。やはり指数、対数の世界です(正しくはS字状曲線)。つまり服用量が2倍になったからと言って効果が2倍になる訳ではありません。
微小な量子の世界から宇宙の果てまでの空間、また宇宙誕生から現在までの時間の中でおこるありとあらゆる現象は指数現象であると言っても過言ではありません。それを私たちの頭が理解するにはどうしても対数の眼鏡を通す必要があるのです。
対数的な視点で世の中の事象を再考してみると人間とチンパンジーとはほとんど差がありません。犬、猫と比較したって極めてわずかな差でしかなく、細菌あたりと比較した時にやっとはっきりとした違いが見えてくるくらいのものです。ましてや、人種や宗教の違いなんてものは限りなく0と言えます。

些細なことで周囲の人と争いを起こしている私たちですが、時々、自分たちの営みを対数グラフ化して見てみることをお勧めします。日頃の悩みが馬鹿馬鹿しく思えるはずです。

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