投稿日:2010年2月1日|カテゴリ:コラム

流行病と言えばインフルエンザのような感染症と考えますが、精神科の病気も流行するようです。近年流行となり、今や風土病のように蔓延してしまったのは「うつ」ですが、最近は「依存症」が流行してきました。「うつ」が「うつ病」ではなくて、単に「うつ」であるのに対して、「依存症」の方はやたらと亜型が多いので覚えるだけで大変です。
思いつくままに列挙してみましょう。ネット依存症、買い物依存症、ギャンブル依存症、共依存症、携帯依存症、ゲーム依存症、権力依存症、仕事依存症、セックス依存症、ダイエット依存症、美容整形依存症、リスカ依存症、恋愛依存症。きっとたくさんの病名を書き洩らしていて、精神科医のくせに勉強不足だとのお叱りを受けると思います。しかし、次から次へと雨後の筍のように新しい病名もどきが登場するのでとても覚えきれないのです。
依存症とはウイルスが原因の感染症なのでしょうか。いや、そんなはずはありません。依存症と呼ばれる人たちの血液に炎症反応が出現したり、免疫グロブリンが増加したという話は聞いたことがありません。依存症が増えた理由の多くは依存症の概念が拡大したことにあると思います。
以前は携帯電話やインターネットというものその物が存在しませんでしたから、携帯依存症やネット依存症の増加は間違いありません。また、リスカ(リストカット)依存症は、確かに若者の間で口コミやネットで広まって、実数が増加していると思います。
しかし、買い物依存症とかセックス依存症などは、元来、依存症とは命名されていなかった状態をことさらに依存症と名付けたのではないでしょうか。買い物依存症は以前ならば「浪費癖」と呼ばれていたように思います。昔からやたらと買い物ばかりする人はいました。
タイガーウッズの不倫騒動で市民権を確立したかのように見えるセックス依存症も、「助平」と置き換えれば、いまさら取り立ててカウンセリングだとなんだと騒ぎ立てるほどのことではないように思います。古今東西、男はみな助平であり、助平につける薬はないということは誰でも知っています。四角張ってカウンセリングなんていいますが、要するに「湧き上がる助平心はいかんともしがたいけれど、そのまま行動に移すと社会的生命を失うことになりますよ」と言いきかせ、威しあげるだけのことです

依存という言葉は本来、これまでのコラムでお話ししてきた薬物依存症と依存性パーソナリティ障害とに用いられてきました。薬物依存はある種の中枢神経系作用薬が引き起こす慢性中毒状態の一つです。依存性パーソナリティ障害は自我がバランスよく発達できなかったために自分だけで意思決定することができず、常に他人からの助言や保証がないと決断することができない。このために親密な人との関係が壊れることを極度に恐れていつもその人について回り、従属している状態を言います。
止めようと思ってもなかなか止めることのできない薬物への依存や常に頼る人がいないと生きていけない依存性パーソナリティ障害。離れられない、止められないという点を敷衍すれば、過剰な買い物やいつも携帯電話をいじっている状態も依存症と言えないこともないかもしれません。しかし、何か違和感を感じませんか。似ているからといって何でも依存症と命名してしまえば、食い倒れと言われる大阪人は食い物依存症。着倒れで有名な京都の人は着物依存症ということになって、関西は病人だらけになってしまいます。
薬物依存症においては脳の快楽、報酬系であるドパミン機能が重要なカギを握っていることが分かっています。いわゆる依存症においてもドパミン機能に変化がある可能性はありますが、全く同じ機序が働いているとはどうしても思えません。
依存症に限らず、精神科領域では日常的によく見かけ、ことさら単一の疾患として扱う必要がないと思われる状態に「○○病」「✕✕障害」などとネーミングすることがよくあります。そうすることは、これまでそれほど大した問題ではないと見過ごされてきた心の持ち方や行動が、実は放っておくと抜き差しならない状況に発展する危険性に警鐘を鳴らします。また、そういった問題がそれほど簡単に是正できないことを教えて、本人や周囲の人に真剣な態度で取り組ませるという利点があります。
反面、病気というレッテルを張られることによって、本人が「病気なのだから仕方がない」と言って、かえって直そうという努力をしなくなり、病名に安住させてしまう可能性も出てきます。

なぜ精神科領域では病名作りが盛んなのでしょうか。その理由を考えてみましょう。精神科疾患の多くがまだまだ客観的な検査によって診断されません。いくつかの症状の積み重ねから推論することでしか診断することができないのです。こんな背景を利用して一部の精神科医と心理屋さんが自分たちの飯の種を増やそうとしていることが関係しているのではないでしょうか。製薬会社のG社が自社の抗うつ薬の販売を伸ばしたいために、「あなたもうつかもしれませんよ」というキャンペーンを大々的に繰り広げて、うつ病患者を掘り起こし、本当はうつ病でもない人までも「うつ病」申告するような現状を招いたのと同じです。こういう人たちこそ「病名依存症」といった方がよいかもしれません。

いちいち「○○依存症」と名付けていてはきりがありません。そこで私は、こういった所謂依存症を昔、故植木等が歌った大ヒット曲にちなんで「すーだら症候群」と総称することを提案します。
「わかっちゃいるけどやめられない あっ それ !」

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