投稿日:2010年1月5日|カテゴリ:コラム

あけましておめでとうございます。
2009年は我が国始まって以来の政権交代という大きな出来事がありましたが、その成果はいまだ見えてこず、景気は落ち込む一方で庶民の暮らしも冷えていくばかりであったように思います。私にとっても思春期の頃からずっと憧れていた大原麗子さんが不遇の死を迎えるなど辛いニュースが多い年でした。
2009年は十二支では「丑」です。丑は五行では土気、陰陽では陰、方位では北東微北であり、陰気臭く活気が感じられません。時刻に至っては怪談話の常套句である「草木も眠る丑三時」で分かるとおり、午前2時前後の2時間で幽霊や魔物が現われやすい時間帯です。
「丑」はもともと「紐(ちゅう):『ひも』や『からむ』の意味」で、芽が種子の中に生じてまだ伸びることができない状態を表しています。後になって覚え易くするために動物の「牛」が当てられたのです。こう考えると昨年、あまりよいニュースに恵まれなかったのも納得ではないでしょうか。
それでは寅年の2010年はどうなるのでしょうか。寅は便宜的に動物の虎が当てられていますが、本来「螾(いん):『動く』という意味」で、春がきて草木が生ずる状態を表しているとされます。五行は木気、陰陽は陽、方位は北東微南、時刻は午前4時あたりです。なんとなく寅年の2010年は低迷状態から脱して活気づいてくることが期待できそうです。
突然、陰陽道の話になって面喰っていらっしゃるかもしれませんが、これには訳があるのです。と言うのは、今年は私が誕生した1950年から十干が6回巡って、十二支が5巡りしてようやく再び庚寅になるのです。つまり還暦に当たります。
一昔前までは、還暦には贈られた赤い頭巾とちゃんちゃんこを身に纏い、孫を膝に抱いて写真撮影と言うのが定番でありました。ところが、今では六十歳はさほど年寄りとは見られず、赤色グッズのプレゼントやお祝いの会も無視される傾向にあります。
しかし今でも、還暦が老人に仲間入りする節目であることに変わりはありません。サラリーマンなら定年退職となりますし、年金を受け取ることができるようになります。映画館は1000円で観られるようになります。映画館に限らず各種料金が割り引かれます。
幸か不幸か今のところ医師に定年はありませんから、60歳を過ぎても私の生活が別段これまでと大きく変わるわけではありません。事実、周りを見渡たすと私より年配の先生方がかくしゃくとして現役続行されています。
周囲の人は「先生、お若いですね。以前とまったくお変わりありませんよ。」などと煽てるものですから、ますますその気になって壮年期の人たちと張り合って行動します。人の老いは非常に個人差が大きいですから、心身が若々しければ歴年齢で行動を変える必要はありません。これまでと同じように発言して行動してかまわないと思います。
ところが、若々しく見える人でも実は老いは忍び寄っているのです。老化と言うと短絡的に認知症と考えがちですが、老化だけで認知症にはなりません。認知症は一つの疾患ですから80歳過ぎても認知症でない方はたくさんいらっしゃいます。しかし、認知症ではない元気な方でも加齢に伴って人格が変化してきます。高齢者によく見られる人格変化としては以下の点が挙げられます。
①    感動性の減弱、② 感情機能の流動性や弾力性の減弱、③ 高等感情の鈍麻、
④ 心気的、猜疑的、自己中心的、利己的傾向の強化、⑤ 興味関心の縮小と保守的傾向の強化、⑥ 精神機能の効率の低下。
つまり、新しい出来事を過去の自分の経験の枠に当て嵌めて理解するので感激しなくなります。新しい物事に対して興味や関心を覚えなくなり、あらゆる場面で変化を嫌います。新しい電気製品やインターネットなどが苦手なのは理解できないというよりは面白がって覚えようとしなくなることの方が主な理由かもしれません。
自己中心的になり、やたら健康のことを気にし、疑り深くなります。高齢者が必要以上に病院通いしたり、「もの盗られ妄想」を起こしやすい素地がここにあるのです。感情の切り替えがうまくいかなくなるので、怒り出すといつまでも怒っていたり、涙が止まらないという現象も見られます。
道徳的な情操が鈍麻すると、人目を憚らない行為をしたり、下品な発言をするようになります。若い時には言わなかったような下品な冗談を言ったりします。
記憶や計算は時間をかければ出来たとしてもスピードが遅くなります。思考もなかなか結論に達しなくなります。何かを話そうとするとそれに付随する様々な事項が頭に浮かんできて、それらすべてを伝えようと考えて、なかなか結論に達しません。思考の迂遠といいますが、結婚式のスピーチでよく見かけますね。要するに話が回りくどくなるのです。
こういった変化は非常に個人差がありますから、老人の誰もが頑固で回りくどくて疑り深いというわけではありませんが、こういう傾向が多いことを老人自身が肝に銘じておくべきです。自分がそういう傾向にあることを自覚して日頃の言動に気を付ければ、周囲との円滑な人間関係を長く保てます。ところが困ったことに、こういった傾向と並行して自省能力も低下して他罰的になる場合が多いのです。さらに悪いことに自尊心だけはあまり低下しません。ですから、不本意なできごとや周囲の人との不和が生じた時、「もう年なんだからしょうがない」と努力することを簡単に放棄したり、周りの人が悪いからこうなってしまったと解釈して被害的になり不平・不満ばかり言ったり、高圧的に若い人を説教することになります。こうなると所謂「老害」です。
また、明らかな人格変化は認められなくても、まず例外なく元々の性格が先鋭化されます。自己中心的な人はますます自己中に、優柔不断な人は一層決断ができなくなるのです。

さて、還暦を迎えて老人の仲間入りする私ですが、「庚」は剛直、鋭いとされています。また「寅」は十二支の中で最も強い干支と言われています。果敢に決断して、よく艱難に耐え、進取の気性に富み思慮分別があり競争心が強いそうです。
したがって、「庚寅」は非常に個性(あく)が強く、せっかちで何事にもぐずつくことが嫌いで一足飛びに物事を片付けようとします。一方、気が散漫で移り気のために長続きせずに、失敗すると癇癪を起こす人が多いとあります。
九星からみると1950年は五黄土星です。ですから私の年の生まれの人は「五王の寅」とも言われます。寅が最強の干支であるのに加えて、五王は本命星の中で一番強烈な星なのだそうです。性質は豪気大胆。情深く、思い立ったことは是が非でも押し通さねば気のすまないところがあって人から憎まれます。また器用で何事にも優れた才を発揮するけれども、中には反対に臆病で何事もできない人もあります。こちらから見てもあくが強く平穏無事な一生を過ごすことが難しいようです。
干支や九星だけでその人の性格や一生が分かるなんて思ってはいません。もしそうならば同い年の人はみな同じ性格だということです。同じ年の人が同じ性格であるならば精神科医は苦労しません。
しかし、自分の性格を自己分析すると今書いた特徴がかなり当たっていると感心せざるを得ません。私のことをよく知っている人も「なるほど」と納得されるのではないでしょうか。私は小さい頃から親をはじめ周囲の人から「天の邪鬼」と言われ続けてきました。一方、自分の言動を振り返ってみると、加齢に伴う人格変化の節々を自覚します。このままだとかなり強烈な「老害」になってしまいそうです。
還暦の年を迎えて改めて己の性格と避けられない老化を痛感しました。これからは老人の特権を主張するだけではなく、老人にふさわしい生き方をしなければなりません。出しゃばり、目立ちたがりという、もって生まれた性は一朝一夕で変えられるものではありません。また、脳の老化、人格の老化も避けることができません。
ですから、私は還暦を機にできる限り出しゃばらず、ひそやかに生きることを心掛けようと思います。人生劇場における主役はもう引退です。その役目は我が子を含めた後進に譲り、目指すは彼らの活躍を引き立てる名脇役です。

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