投稿日:2009年8月2日|カテゴリ:コラム

私が曲がりなりにも精神科医を名乗っていることができるのは多くの方々からご指導をいただいたお陰です。病棟、外来、出張病院、研究室などあるゆる場面で数多くの先輩から有益なご指導、御助言を受けました。先輩に限らず、同僚や後輩、さらには看護師、臨床心理士の仲間たちからも多くを学んできましたし、何よりも実際に診療を担当した患者さんたちから教えられたことが多かったように思います。つまり、診療はそれまで学んできたことの実践であると同時に、新たに学ぶ場でもあるのです。
さてこのように多くの方々を師としてきたわけですが、あらためて「あなたの恩師は?」と尋ねられたならば、ためらうことなく「新福尚武先生」と答えます。新福先生は私が医学部学生、精神科大学院生であった時の東京慈恵会医科大学の精神神経科主任教授です。
新福教授からは教えられた医学知識は数え切れませんが、知識そのものはその後の研究によって変更されたり追加されたりしました。ことに最近は「痴呆」が「認知症」になるなど、用語や分類などが目まぐるしく変更されたり、MCI(軽度認知障害)*1といった英語表記の略語が次々と考えだされるので記憶力の低下した私はついていくだけで青息吐息です。
しかし、「痴呆」が「認知症」に変わったとしてもその疾患の本質が変わったわけではありません。ましてや患者さんにとって大きく希望が開けたわけでもありません。認知症に限らず、ここ数十年で精神医学がどれほど進歩発展したかというとそれほど多くはありません。
しかし、精神科の臨床は確実に日進月歩しています。ですが、その進化は医学そのものではなく医学を取り巻く合成化学、機械工学といった周辺科学の発達によるところが大きいと思います。副作用が少なくて長期間服用しやすい薬の開発やPET(ポジトロン断層法)*2、MRI(核磁気共鳴画像法)*3などの検査機械の開発が精神科医療進歩の立役者ではないでしょうか。精神医学自体に大きな進歩がないからこそ用語を変えたり分類を変えたりといった小手先のことが業績になるとも言えます。
奇を衒ったネーミングのような、業績のための業績はかえって迷惑することが少なくありません。本質的にはなにも解決していないのに、その言葉だけが独り歩きして、一般の方々をかえって混乱に誘いかねないからです。
このような状況で表面的な事象に振りまわされることなく患者さんの診療をしていくには恩師を通して身につけた基本的な観察と思考法がより大切になっています。

当時新福先生の門を叩いた医師は、研修医も大学院生も、1年間は精神科病棟に配属されて指導医の下に受け持ち患者さんの治療に当たりました。唯一私が他の同級生たちと違っていたのは、教授の「君は大学院生だから4月1日から来たまえ」の一言で、卒業後の一息も国家試験の準備の時間も与えられずに病棟に放り込まれたことです。
さて、この時教授から言われた言葉が「この1年で患者さんと遊べるようになりなさい。患者さんと遊べるようになれば一応精神科医と言える。難しい本はその後読めばよろしい。」でした。
当初は「患者さんと遊べる」という意味がよく理解できませんでした。しかし夢に見ていた精神科医の道を歩き出した私は嬉しくて、来る日も来る日も暇さえあれば病棟をウロウロしていました。当直でもないのに夜遅くまで病棟で過ごす。ギターを抱えて患者さんの歌の伴奏をする。天気の良い日はバレーボールや野球をする。
いつの間にか病棟に自分の臭いが、自分に病棟の臭いが浸み込んでいったようです。確かに1年ほど経つと医師と患者さんという境界が薄らいできました。そして患者さんの一挙手一投足、ちょっとした表情や語調の変化の中から精神症状を読み取る力を獲得していったようです。
今になれば「患者さんと遊べるようになったら一応精神科医」という新福先生の言葉の意味が明瞭に理解できます。
精神症状は麻痺や痙攣といった派手で大きな症状と違って、自分の五感をフルに使って感じとらなければ見つけることができないデリケートなものが少なくありません。そういった症状は患者さんと遊べるような感性を育てなければ察知できないのです。精神症状を読み取る力はそうやってしか身に付きません。いくら難しい本を勉強したとしても、目の前にいる患者さんの中からそこに書いてある症状を見つけることができなければ畳の上の水練です。
精神科医療も今やDSM*4やICD*5のような操作的診断で進められます。こういった診断方法は専門的な修練の度合いによって診断に差異が出ることを防げる点が強調されています。しかし、本当にそうでしょうか。
診断基準を列挙して「幾つ以上の項目が満たされれば○○○と診断する」と、一見客観的で科学的なように見えても、それぞれの症状を検知する能力に差があれば診断は大きく異なってきます。入口を間違えれば正しい出口に辿り着く筈がないのです。
似て非なる物を同一視して喧々諤々議論し合っている可能性ありです。ましてや、患者さん自身に紙一枚に書かれた症状のあるなしを記載させて、「はい、あなたは△△点以上ですからうつ病です」なんて診療をしているところもありますが、ここに至ってはもはや詐欺に近いと思います。

私は新福先生の言葉の後半部、「難しい本はその後読めばよろしい」を実践できなかった不肖の弟子です。その結果やっとこさっとこ精神科医の末席を汚すに留まってしまいました。しかし患者さんと遊ぶことだけはできるようになったので、そこそこ精神症状を読み取る力を身につけているのではないかと思っています。
あらためて新福先生の御指導に心から感謝いたします。
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*1:MCI:軽度認知障害(Mild cognitive Impairment)の略。認知機能はまだ保たれているが記憶障害だけが認められる認知症予備軍。
*2:PET:ポジトロン断層法(Positron Emission Tomography)陽電子反β崩壊する核種で標識された放射性トレーサーを用いて各種組織の代謝量や血流量を画像化する検査法。
*3:MRI:核磁気共鳴画像法(Magnetic Resonance Imaging)の略。強磁場を利用して生体内の主として水素原子を画像化する検査法。CTよりも解像力がすぐれており現在の画像診断法の主役である。
*4:DSM:Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disordersの略でアメリカ精神医学会の定めた精神診断と統計の手引き。数年ごとに改訂されて現在はDSM-Ⅳ-TRが使われている。
*5:ICD:WHOの定めた国際疾病分類(International Statistical Classification of Disease and Related Health Problems)の略。数年ごとに改訂されて現在は第10版であるICD-10が使用されている。

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