先日のコラムで睡眠障害のむずむず脚症候群を取り上げましたが、今回も同じように特殊な睡眠障害の一つであるナルコレプシー(Narcolepsy)についてお話します。
この病気はきわめて奇妙な症状を示すので、小説や映画のストーリーの展開を面白くさせるために、登場人物をこの病気にかからせたものが幾つもあります。
小説の分野で有名なのは作家の色川武大です。色川は彼自身が本当にこの病気に悩まされていました。ですから、自身の実体験を基にナルコレプシーが絡みの小説を数多く書いています。映画では新海誠監督の「雲の向こう、約束の場所」やガス・ヴァン・サント監督の「マイ・プライベート・アイダホ」にナルコレプシーを患ったキャラクターが登場します。この他、漫画のキャラクターにもこの病気で悩むキャラクターは数多く取り扱われています。
ではエンターテナーたちが好んで取り上げるこの病気の興味深く、特徴的な症状とはどんなものなのかというと、以下に示す4つの症状です。
1. 睡眠発作:昼間、リラックスしているとか緊張しているとかいった状況と無関係に突然発作的に睡眠に入ってしまいます。耐えがたい眠気に抗しきれず短時間眠ってしまうことが多いですが、「眠たいな」という前兆が明瞭ではなく、瞬間的に眠りに入ってしまうこともあります。そういう場合には、てんかんの意識消失発作に間違われることがあります。
2. 睡眠麻痺:俗に言う金縛りです。いったん寝入ってしばらくしてREM睡眠に移行する際、正常なREM睡眠に入れないで意識だけが覚醒してしまいます。それなのに身体の筋肉の方は依然としてREM睡眠の状態のままでピクとも動けない状態です。目の周りの筋だけは動かせますから、頭は冴えてメモきょろきょろできるのに四肢を動かせない、本人にとってはとても怖い状態になります。
3. 眠時幻覚:寝入りばなや起きかけの時、すなわち睡眠状態と覚醒状態との移行期に、明瞭で、非常に現実的な幻聴や幻視が起きます。ついさっきまで生活していた状況から乖離しない現実的な幻覚です。例えば、実際に隣で寝ている配偶者が自分の名前を呼ぶといった幻聴です。また、昼間に起きる睡眠発作の際にも見られますから、幻覚と現実の区別が困難なことが多いようです。
4. 情動脱力発作(カタプレキシー):怒り、笑い、悲しみなどの強い感情が湧きあがった際にレム睡眠の時のように骨格筋の脱力が起こります。情動のうち、喜び、愛、幸福感といった陽性の感情の方がこの発作を引き起こしやすいようです。このために笑った途端にへなへなと倒れ込んでしまったり、へなへなと崩れ落ちてしまったり、呂律が回らなくなったりします。この間患者さんの意識はしっかりしていて、起きたことをすべて覚えています。すぐに回復し、長くても数分以内に収まる場合がほとんどですが、「あっ、いけない、早くしっかりしなければ」と焦って緊張するとかえって発作を繰り返しやすくなります。
以上が4大症状と呼ばれる特異的な症状ですが、この他、次ぎの2つの症状もよく見られます。しかし、この症状はナルコレプシーだけに見られるわけではありませんから診断の決め手にならないことは覚えておいてください。
5. 自動症:眠った感覚がないにもかかわらず、直前に行った行為の記憶が無くなっている状態です。言い換えると無意識に眠ってしまって、眠っているのに行動を続けている状態と言えます。昼間の睡眠発作と一緒に起こると、それまでしていた単純な行動を継続します。例えば歩き続けるとか、食べ続けるとかです。周囲から見れば眠っているとは見られませんが、本人はある一定時間の記憶が抜け落ちています。また、基本的に眠っているので単純なことはできますが複雑なことはできませんし、ミスをします。したがって、会社の上司や同僚から不真面目、あるいは注意不足で失敗が多い奴という誤ったレッテルを張られていることがあります。この症状自体はてんかんの一種でも見られます。
6. 中途覚醒や熟眠困難型の不眠:夜間REM睡眠の時期になるたびに頻回に覚醒し、その際に睡眠麻痺が、また、その前後に幻覚が起きるために一晩ぐっすりと眠ることができません。ただし。この手の睡眠障害は統合失調症やうつ病といった精神障害の際の症状としてもポピュラーです。ですから、これだけでナルコレプシーの診断を付けることはできません。
さすが小説、漫画、映画で取り上げられるだけのことはある興味深い病気で
すが、実際に周囲を見回してみるとそう滅多にはお目にかからない病気なのではないでしょうか。
我が国に実際どのくらいのナルコレプシーの患者さんがいるのかについての確定的な数字はまだ出されていません。推測では0.16~0.18%の有病率といわれています。つまり、1,000人に2人以下ということになります。
それほど患者さんが多くなく、しかも命にかかわることは滅多にないので、一般の人に名前が知られている割に医療現場ではそれほど話題にならない病気でした。
ところが一昨年のリタリン(塩酸メチルフェニデート)の騒ぎでリタリンとともに一気に開業医の間においても話題になりました。なぜならば、リタリンを求めるナルコレプシーの患者さんが医療現場を放浪し始めたからです。
一部医療機関による無軌道な処方によってリタリンの濫用、依存が社会問題となって、結局はリタリンの保険適用がこのナルコレプシーの治療だけに限定されてしまいました。国と製薬会社がリタリンの処方を免許制にして、処方できる医師を制限して管理下に置くことになりました。それなのに、国も製薬会社もどの医師がその免許を持っていて、どの薬局に置いてあるのかを一切公表しません。これは実質的には管理ではなくて一方的な統制です。それまでリタリンの治療を受けていた患者さんでも、主治医がリタリン取扱の許可を受けなかった場合、そこではもうリタリンを処方してもらえなくなりました。新しい主治医を見つけようとしても、どこに行けばよいのか分からずに途方に暮れた患者さんが手当たり次第に医療機関を訪ねたのでした。
一部の心ない医療機関と薬物依存者たち、そして無責任な国、製薬会社のお陰で、本当にリタリンを必要としている人達がとんだとばっちりを受ける結果になりました。今はやっとこの混乱状態から脱して、それぞれ新しい主治医を見つけられたようです。
この病気の確定診断のためには夜の睡眠状態と昼間の眠気を自己評価する睡眠表を自己チェックして、終夜睡眠ポリグラフ検査、睡眠潜時反復検査を行います。
しかし、すべての症状や検査結果が陽性所見を示さない場合、つまり典型的なナルコレプシーではないがナルコレプシーの類縁疾患と思われるケースも多数あります。こういう方はやはりナルコレプシーに準じた治療が有効ですが、前にお話ししたように治療薬の取り締まりが厳しいためになかなか適切な治療を受けられない状況です。
原因はいまだ不明ですが、オレキシンという物質がこの病気に関連しているという説が注目されて研究が進められていますが、未だ確定的ではありません。
さて、問題の治療薬ですがリタリンが特効薬ですが、この他に最近モダフィニル(モディオダール)が発売になりました。さらに昔からペモリン(ベタナミン)という薬が適応になっていますが、これは肝臓に対する毒性が強い割に作用が弱すぎてあまり実用的ではありません。
以上の3つの薬は昼間の睡眠発作やカタプレキシーに有効ですが、睡眠中の睡眠麻痺、途中覚醒、熟眠困難などに対しては抗うつ薬が有効です。
リタリンが社会問題となって、リタリンは依存性が強くて覚せい剤と似ていて怖い薬という社会通念ができてしまいました。このために、これまで少量のリタリンで円滑な社会生活を行うことができていたナルコレプシーの患者さんの中にも、「知らないで怖い薬を飲まされていた」と怯える人が出てきました。
しかし、心配することはありません。どうしたものか、必要もないのにリタリンを濫用している人は短期間で耐性、依存性が形成されますが、本来リタリンが有効な患者さんは耐性も依存性もつきにくいのです。大変不思議なことです。