投稿日:2009年3月23日|カテゴリ:コラム

我が国の成人の1/3~1/4の人々が何らかの睡眠障害を持っているという調査結果があります。睡眠障害は現代都市生活者の風土病みたいになった感があります。そういった状況に対応して一般市販薬としても睡眠薬(本来睡眠薬ではない)が販売されるようになっています。
しかし、睡眠に関する研究が進んでくるに従って、不眠を引き起こす原因はたくさんあって、単純に「不眠」として一括りにし、所謂睡眠薬を服用しても解決しない場合があることが分かってきました。
今回は、従来の睡眠導入薬では改善しない不眠の一つである「むずむず脚症候群」のお話をします。

むずむず脚症候群に相当する病気の存在はかなり以前から知られていたようですが、明確に一つの病気として認識されてきませんでした。1945年にアメリカのEkbom K.A.によって初めて臨床疾患単位として纏められました。それから多くの研究者によって解明が進められて、1990年に睡眠障害の国際分類に正式にRestless Legs Syndrome(RLS)として記載されました。
この病気の患者さんは、通常、寝入ろうとする際に不愉快な感覚が下肢に起こるために下肢を動かしたいという強い衝動に駆られます。そして脚をもそもそ動かすと、この運動によって異常感覚が消えるか、あるいは軽くなり、寝入れそうになります。ところが、やっとのことで再度寝入ろうとすると再び先程の異常感覚に襲われて、足を動かさずにはいられなくなって、目が覚めてしまい、結局なかなか寝付かれないまま時間が経ってしまいます。
異常感覚とそれに対処するために常に足をもそもそと動かしているために入眠が妨げられることから、この病気を Restless Legs Syndromeと呼ぶことになったのです。
日本では「むずむず脚症候群」と名付けられましたが、実際の異常感覚は「むずむず」だけではありません。「つっぱる感じ」、「ちくちくする」、「ひりひりする」、「むずがゆい」、「虫が這う感じ」、「痒い」、「火照る感じ」、「ピンでなぞられている感じ」、「針で刺されている感じ」、「痛い」、「振動みたい」などさまざまです。皮膚の表面の感覚と言うよりは深部に生じているように感じられるようです。
また、異常感覚の出現部位も下肢だけに限局しているわけではありません。腰、背中や腕にまで及ぶことがあります。患者さんは足を中心に、ベッドの中で悶え、のたうち回りますから、とても眠れたものではないでしょう。
症状は日中ソファーに座っている時などにも起こることがありますが、夕方から夜間にかけての時間帯に出現しやすく、じっと安静にしている時にのみ現れますから、ことさら夜間の睡眠にとって障害になります。ベッドに入って10分から30分くらいすると異常感覚が強くなってくるので、本来眠るべき深夜帯に眠ることができなくなります。しかし、明け方になりますと症状が起こりにくくなりますので、早朝になってやっと眠れるようになります。ですから、むずむず脚症候群の患者さんでも一晩に数時間の睡眠はとることができ、一睡もできないということは稀です。
この病気は子どもにはほとんど見られません。中・高年になって発症します。発症すると軽くなる時期と重くなる時期を繰り返しながら、長年にわたって遷延してしまいます。二次的に強い不安や抑うつ症状を呈して自殺に至る場合もありますから、たかが「むずむず」と言って侮ってはいけません。
この病気の存在自体が周知されて間もないために、わが国にいったいどれくらいの患者さんがいるのかについては、まだはっきりとした数字が報告されていませんが、確実に診断のついている患者さんで130万人、診断、治療を受けないで苦しんでいる潜在的な患者さんも含めて推定すると500万人近くになるのではないかと言われています。一説によると、不眠を訴える患者さんの10人に1人がむずむず脚症候群ではないかとも言われています。男女差を見ると女性の方が男性の1.5倍この病気になりやすいようです。
原因はいまだ不明ですが、妊娠、貧血、尿毒症などの際に起こりやすいことからドパミン代謝の機能低下や鉄欠乏が有力視されています。
治療にはベンゾディアゼピン系薬物の一つであるクロナゼパム、またブロモクリプティンなどのドパミン作動性薬物、さらには麻薬類似のオピオイド系薬物が有効です。鉄欠乏性貧血が合併していることが確かめられた場合には鉄剤を併用すると治療効果が倍増することが予想されます。一般的に不眠に用いられる通常の睡眠導入薬や抗うつ薬は無効であるばかりか、かえって症状を悪化させる可能性が大きいので使用してはいけません。

むずむず脚症候群は精神科や心療内科医の間においても認知度が低いのが現状です。ましてや、一般医においてはほとんど知られていません。このために、皮膚病変、神経過敏、うつ病の部分症状などと間違って捉えられて、正しい治療をされていない場合が多いのです。特に、不眠と聞けば、なんでもかんでもレンドルミンを処方する一般医が多いので、症状が良くなるどころか、かえって症状が増悪してしまう危険性があります。
ベッドに入って落ち着かずに動き回ってなかなか眠れない人は、是非とも睡眠障害に造詣の深い専門医を受診してみましょう。

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