投稿日:2008年12月1日|カテゴリ:コラム

当クリニックは国の政策に沿った時代の流れに逆らって、未だに院内処方方式を原則として診療しています。今や時代遅れの診療スタイルと思われています。
院内処方方式とは診察した医療機関で直接薬を提供する診療のやり方です。これに対して現在多くの医療機関で採用している院外処方方式とは、診察、検査、手術や処置(消毒やギプス固定など)は医療機関で行い、投薬に関しては処方箋だけを発行するやり方です。患者さんはこの処方箋をもって薬局に赴き、調剤してもらい、薬を受け取るわけです。この形態を医薬分業とも言います。
医薬分業は国の政策です。国はこの政策を推し進めるために、医療機関が薬を購入する際の卸売価格を高い値に引き上げました。また以前このコラムで書きましたが、医薬品に関わる5%の消費税は特例品目として最終消費者である患者さんに負担はなく医療機関が負担しています。実にむちゃくちゃな話ですが、この医療者苛めの実態は国民の多くに知られていません。
この結果、薬価差(小売価格と卸売価格の差益)はおしなべて5%未満になりました。窓口で高い薬代を支払ったとしても決して医療機関の収入になっているわけではありません。私たちは単なる徴収役で、患者さんからいただいた薬代は右から左へと薬の卸売問屋を経由して製薬会社へまわっているのです。中には逆ザヤ(小売価格より卸売価格の方が高い状態)の医薬品もあります。そういう薬の場合には処方すればするほど医療機関が損失を被ることになります。さらに、薬を貯蔵しておくためのスペースや設備、薬を分包するための機械や薬包紙、薬を入れる袋、薬の期限切れによる損失、薬を調剤してお渡しするための人件費といった経費を考えると院内処方方式では赤字になってしまいます。
一方、国は紙切れ一枚書くだけで済む、院外処方箋の発行に対する診療報酬を高くしました。その結果、多くの医療機関が雪崩をうつように院外処方箋方式に移行したのです。
医薬分業の推進の最大の目的は不必要な薬の投薬、いわゆる「薬漬け医療」の改善にありました。数十年前は薬価差が70%近くある上に消費税がないため、薬を出せば出すだけ儲かるシステムでした。このために、心ない医療機関は必要もない薬を山のように投薬して金儲けに走っていたことも事実です。「薬漬け医療」は患者さんの健康に好ましくないだけではなく、医療費を食い潰してしまい、現在の医療崩壊を招く一因になりました。医療者側はこの点を猛省して総括するべきだと考えます。

医薬分業が進むことによって、この他にもいくつかの点で患者さんに対するサービスが向上しました。その一つは同じような効果を持つ薬の重複投与の防止です。
患者さん、とくに高齢者の患者さんは複数の医療機関に並行してかかっていることが少なくありません。高血圧や高脂血症で内科に通院して、腰痛の治療で整形外科に通っているということはよくある例です。
そういう場合、内科と整形外科でそれぞれ渡している薬をお互いによく把握していなければなりませんが、この情報の共有は必ずしも常に円滑に機能はしていませんでした。そういう状況下で院内処方方式ですと、同じ効能効果をもつ薬が複数の医療機関から重複して投与される事態が起きました。例えば、腰痛に対して整形外科で鎮痛解熱薬を処方されている患者さんが風邪の症状を訴えてないかを受診した時に、解熱の目的でさらに鎮痛解熱薬を処方される可能性がありました。
院外処方方式であって、患者さんがすべての医療機関で発行された処方箋も同一の薬局で調剤してもらっているとすれば、医療機関で処方の重複があったとしても薬局の段階でチェックされて各医療機関に問い合わせて、重複しないように再調整することができます。
もう1つ行われるようになった患者さんへのサービスは、薬局が処方された薬の効果や副作用が簡単に記された写真入りの説明書を薬と一緒に配るようになったことです。患者さんは自分の飲んでいる薬がどういう作用や副作用をもっているのかを知ることができ、安心して服薬できるようになりました。他の病院に受診する場合にも、その説明書を持参すれば今まで服用していた薬が一目瞭然ですから、先ほど述べたような重複処方の防止にも役立ちます。

良いこと尽くめのように思われるかもしれませんがそうでもありません。院内処方方式の場合の処方料と調剤料は、院外処方方式の場合に医療機関で支払う院外処方箋と薬局に支払う調剤料よりもはるかに安い設定になっていますから、同じ薬を同じ量貰った時に医療費の合計は、院外処方方式の方が高くなります。当然のことながら、患者さんが窓口で支払う自己負担料金も薬局で薬をもらう方が高いのです。
また院外処方方式の場合には、一回の診療で患者さんは医療機関と薬局の2箇所に行かなければならず、それぞれにおいて一定時間待たなければなりません。院内処方方式だと医療機関にさえ行けば、診療のすべてが事足りるのです。患者さんの労力と時間に関しても院内処方方式の方が安くつくというわけです。
私の専門である精神科は近年かなり認知度が高まって敷居が低くなったとは言え、まだまだ偏見がなくなったわけではありません。今でも、かなりの勇気をもって、やっとの思いで受診される方が少なくありません。そういう方が診察の後にまた、薬局に行って向精神薬をもらうことには相当のエネルギーを消費します。私が自分のクリニックを院内処方方式で頑張っているの最大の理由はこの点です。患者さんの負担する肉体的、精神的、経済的負担をできるだけ少なくしたいのです。
同じ理由から、私は小児科もできる限り院内処方方式を採用するべきだと思います。木枯らしや氷雨の時に高熱の乳幼児が親に抱えられて医療機関と薬局を梯子するのは酷だと思います。医療機関で治療のすべてが完結することが望ましいのではないでしょうか。
重複処方の危険性は院外処方方式でも避けられないことがあります。なぜならば、患者さんが1か所の薬局だけで薬を受け取るとは限らないからです。国の医薬分業政策に乗って、調剤薬局が多数開設されました。その多くは各医療機関に近接しています。患者さんが処方箋をもって長距離彷徨う必要がないのが利点ですが、見方を変えるとそれまで病院の敷地内にあった薬の窓口が屋外に移動しただけと言えるような状況でもあります。このために、Aという医療機関でもらった処方箋はその目の前にある○○という薬局で調剤してもらう。Bという医療機関で処方された薬はその近くにある××という薬局でもらうというケースが少なくありません。これでは重複処方のチェック機能を果たすことはできません。
また、重複処方のチェックは院外処方方式でなくてもできるようになってきています。国の進めた善い政策の結果、自分の処方してもらった薬を記載してもらう「お薬手帳」というものが広く普及しました。患者さんがお薬手帳を携行していれば新たに院内処方方式の医療機関を受診しても同じ薬を処方する危険は回避できます。
薬の説明書には弊害もあります。一つの薬剤について数行しか記載していませんから、説明が表面的で通り一辺倒になることはやむとえませんが、このために患者さんがかえって混乱することがあります。
精神科で扱う薬は各薬剤間のデリケートな性質の違いを駆使して処方することが多いのですが、例の説明書ではそんな違いまでは説明できません。「気持ちを和らげる薬」とか「気分を明るくする薬」といったおざなりの説明しか記載されていません。このために、同じ効能の薬を何種類も処方されたかのように誤解されることがあります。
もっと困るのはある種の薬はてんかんの治療薬であると同時に感情の浮き沈みを調整する薬効を持っているのですが、例の説明書に「けいれんを抑える薬」となっているために気分障害の患者さんに処方した時に「何で私はてんかんの薬を飲まされなきゃいけないんだ。これは誤診だ。」と大騒ぎになってしまうことがあります。
副作用に関してもいろいろな危険性が羅列してあるために、患者さんにめったに起こらない副作用の心配を引き起こすことになる場合があります。
以上の理由に加えてカラー印刷の説明書を作成するだけの経済的な余裕がありませんので、私のクリニックは説明書を発行していません。必要性あるいは患者さんの要求に応じて手書きのメモを書きながら口頭で説明することにしています。説明の仕方は説明を受ける相手方の薬に対する基礎知識や理解力に応じて変わります。一般的な解説に留まることもあれば、分子レベルの作用機序にまで及ぶこともあります。

院内処方方式を原則としていますが、最近は院外処方箋を発行するケースが増えてきています。なぜならば、めったに使用する機会のない薬を買っておいても使用期限切れになってしまった時には莫大な赤字になってしまうからです。また、最近は患者さんの方から薬剤を指定されることが多くなってきたことも理由です。他の医療機関から私のクリニックに転医されたかたは、以前服用していた薬に対して絶大な信頼感を抱いていることが多いのです。その場合に、いくら「似たような作用ですよ」と説得しても、やはり新しい薬に対する不安を拭い去ることはできません。薬の作用には実際の薬理学的な作用の他に心理的な効果、「プラシーボ効果」というものがあります。患者さんが安心して服用できるならば、今まで通りの薬を提供することがベターだと思います。しかし、それに応じて何万種類も出回っているすべての薬剤を準備することなど不可能ですから、そういう場合には院外処方箋を利用します。
しかしながら、私のクリニックに訪れる方は「できればここで薬を出してほしい。」とおっしゃる方が圧倒的に多いのが現実です。

以上、院内処方方式と院外処方方式とにはそれぞれ一長一短があります。診療科の特性や患者さんの希望に応じて両システムを使い分けることがよいのだと思います。しかし、院内で薬を渡す設備や人員を一旦廃止してしまった医療機関が、再び院内での調剤を復活することは物理的にかなり困難です。一方、院内処方をしている医療機関が院外処方箋を書くことはいとも容易いことです。
一見、時代遅れのように見えるものが最も時代の先取りをしているということはよくあります。私は今後も院内で薬を渡すことができる体制を維持しつつ、ご希望があれば薬局向けの処方箋を発行する今のやり方を出来るだけ続けていきたいと思っています。

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