投稿日:2008年10月12日|カテゴリ:コラム

昨年の11月に「名医」というタイトルのコラムを書き、私たち医師が目指すべきは「名医」ではなく「良医」であると述べました。「名医」とは著名な医師、高名な医師という意味であって、自らの努力や精進の目標とすべき姿ではありません。医師が目指すべきは科学的な力、哲学的な意味、芸術的な心の3つを兼ね備えた「良医」なのです。興味がおありの方はバックナンバーをお読みください。
良医は時と場を得れば、周囲から名医と称されるでしょう。しかし、何かの拍子にたまたま有名になっただけの医師は必ずしも良医であるとは限りません。逆は真ならずです。ましてや、名医になることを目標にして医業に従事している医師は医道の本質を見失っていますから、たとえ「名医」と呼ばれることはあっても、決して良医になることはできないでしょう。そういった類の名医は「虚飾の名医」です。

さて、なぜまた「名医」を取り上げようと思ったかというと、先日クリニックにA4用紙を6枚も使わせられたファックス広告が入ったからです。受信者側の貴重な紙資源を無断で使用して、一方的に宣伝広告するやり方には常日頃から怒りを感じていました。そのことについての論評は別の機会にするとしますが、ただでさえ不愉快なファクス広告なのにその内容と発信元を見て怒りが頂点に達しました。
発信者は医療・健康、教育、環境を事業分野とする広告代理店。取引媒体は大手新聞社や大手出版社ということになっています。今回は週刊朝日の依頼を受けての業務です。
内容は10月下旬に刊行予定の週刊朝日増刊号「新・名医の最新治療2009」の中に掲載予定の「早めのうつ病治療~『心の風邪』の専門治療~」というコーナーへの広告募集です。広告の形態は以下の3本立てになっています。①うつ病治療に関する記事の下段に載せる通常の広告。②朝日新聞社公式ホームページの医療サイト「治療と検査の最新医療情報」に掲載して、自院のホームページとリンクする。③記事の体裁をとった広告。
①    は掲載枠の大きさで100,000円、200,000円、400,000円、600,000円のラ
ンク分けがあります。一番大きいサイズはページ半分の大きさです。自費診療の美容外科とは違って、年々削減される保険診療報酬頼みの精神科診療所がよくもまあそんな高額な宣伝料金を支払えるものだと感心しますが、明確に宣伝広告と判別できますからまだしも良心的です。
②    のウェブ広告は期間限定(?)で50,000円だそうです。これも宣伝広告
であることが明瞭ですから、これもまた許容範囲内と言えるでしょう。
問題は③の記事を装った広告で、お値段は1/4ページが300,000円、1/2ページが500,000円、1ページが900,000円です。提示された見本を眺めてみました。300,000円ではまだ広告の感は否めませんが、500,000円以上になると名医に対する取材記事のような雰囲気です。900,000円だと、これはもうその医師や医療機関が世評で名医と言われているので、取材して記事にしたかのような錯覚を与えます。一般読者は、まさかお金で買った名医の称号とは思わないでしょう。
もちろん、高額な宣伝広告費を払った医師の中にも、本当に優秀な医師もいるかもしれませんが、基準はあくまで支払った額ですから、玉石混交にならざるを得ません。
しかし、天下の朝日新聞社が刊行する出版物ですから、読者の中にはこの記事の掲載基準が純粋に医師としての資質や技量だと信じて、その医師を受診する人が少なくないと思います。
これはマンションや食品で大問題になった偽装と同じ詐欺行為と言えます。耐震基準に満たない構造でありながら、一見豪華そうなタイルの外装ときれいな壁紙を張ったマンションや、外国産だったり、豚の屑肉だったりするものを神業の加工技術を駆使して高級和牛として売っているのとなんら変わりがありません。

Profession(職能)という言葉があります。金儲けだけが尊ばれ、文化が育まれないアメリカ、その追っかけをしている日本では「特殊な教育や訓練を必要とする仕事(job)」くらいにしか理解されていませんが、本来は異なった意味を持つ言葉なのです。言葉の由来は信仰と関係していて、professionsというと神学、法律、医学を学んで、それらに携わる人のことを言いました。つまり、聖職者、法曹、医師を指す言葉だったのです。ヨーロッパでは今でも本来の意味に沿った使われ方がされているようです。
ここまで読めばお分かりになった方もいらっしゃると思います。Professionは本質的に自らの利益追求を目的とせず、広く人々の救済を目的とする仕事です。ですから、自らを宣伝広告するという行為がきわめてそぐわない職業なのです。したがって、以前はヨーロッパはもとより、日本でもこの3つの業種の広告は見かけませんでした。Profession魂による自己規制に加えて、法的にも規制されていました。
ところがこれもまた、「アメリカ資本の利益追求の一分野にするために日本の医療制度を壊しなさい」というアメリカの意を受けて小泉が行った規制緩和政策によって、あるべき姿を壊されてしまいました。平成17年3月25日に閣議決定した「規制緩和の民間開放3カ年計画の政府方針」に基づいて平成19年4月1日に施行された「医療法の一部を改正する法律」で医業の宣伝広告が大幅に緩和されました。
法的規制が緩和されたとしても、私たち医師が足並みをそろえてprofessionの誇りを失わずに行動すればすむはずです。しかし、医療界は年々保健医療報酬を削減され続けて経営が苦しくなっていました。こうなると悲しいかな、貧すれば鈍する。人民救済という本来の目的を見失って、利益追求に躍起になる医師が出てきました。
ちょっと前までは医療機関の派手な宣伝は、もともと医療をビジネスの視点から考える傾向の強かった一部美容外科(暴力団が経営しているところもある)に限られていました。しかし、今や他の一般科でも大胆な広告が見られるようになりました。法的な規制が緩和されたといっても、「さあ皆さん、早く病気になって私のところへいらっしゃい」と宣伝するのは、どう考えても医業の道義に外れた行為であるとおもいます。
このような事態はなにも医療だけではありません。本来は聖職の代表する存在だと思われる神社や寺院が、お賽銭収入目当てに、だいぶ以前から年末年始のテレビで金のかかった広告をしています。神主や僧侶のなりふり構わぬ営業姿勢はみっともない限りです。法律家はいまだprofessionのプライドを失っていないようで、弁護士事務所の派手な宣伝はあまり見かけません。
しかし一方では、医療機関や医師に関する情報が一般の方に全く開示されなければ、いざ病気になった際にいったいどこへ行けばよいのかの判断に困ります。実際、社会生活上のトラブルに巻き込まれ、弁護士に相談したいと思っても、どこに弁護士がいて、その弁護士の得意とする分野は何なのかということが今のところ全く分かりません。個人的に知り合いの弁護士がいれば幸運ですが、そうでなければ途方に暮れるのが法律の世界です。
したがって、いくらprofessionsには派手な宣伝広告がそぐわないとは言っても、救済を求める一般の方々にとって必要な最低限の情報は明らかにしておく必要があるのではないかと思います。どこまでが求められる公正な情報で、どこからが金儲けのための宣伝広告なのかという明確な線引きは難しいところですが、医療、法律の世界では、開業場所、開業時間、休業日、申込方法、得意とする専門科(専門分野)、客観的な実績といった情報の開示にとどめておくのが適当ではないでしょうか。

最初に述べたように、名医とは単に名前が知れた医師という意味ですから、バラエティ番組に自分を露出したり、今回の週刊朝日のような媒体に金を積んだり、ゴーストライターに書かせた本を出版(この手の勧誘も後を絶たない)したり、上手なやり方をすればなれるわけです。その「名医」の「名」が実であるか虚であるかを判断するのは、情報を受け取った一般の方々の力量(メディア・リテラシー)に委ねられるしかないのです。
「名医と褒めそやされて、身分不相応な利益を得られますよ」という勧誘は悪魔の囁きです。私とて心を動かされないわけではありません。また、提示された広告費を支払えないわけでもありません。しかし、やはり私は「良医」を目指して日々研鑽したいと思います。自分の身の丈に合わないことを望んで無理をすると、自分を見失って破綻します。そうなれば、他人に迷惑をかけるだけでなく、結局は自分を苦しめることになるからです。
私たち医師はprofessionであるというプライドを忘れないとともに、所詮医師でしかないという「分」をわきまえて行動していかなくてはいけません。一方、このような企画を立てるマスコミの社会的責任感の欠如も改めていただきたいものです。

今回のような企画は週刊朝日に限った話ではありません。他の週刊誌においても同様の企画をよく目にします。マスコミは職能の範疇にはないので営利追求をしても結構ですが、自分たちの発信した情報が多くの人に与える影響を自覚して節度ある行動をしていただきたいものです。
マスコミの方はしばしば「言論の自由」を声高に叫びますが、自由とは自らを律する高い倫理観と社会正義の実現という高邁な目的を持っていて初めて要求できるものです。現代は特にマスコミの影響力が強くなっています。ということはその言論力が暴走しないように自己を律することがマスコミにより強く求められているのです。

先日、代理店から再度電話でのプロモートがありましたが、「私は名医ではありませんのでお断りいたします。」と回答しました。
週刊朝日増刊号の名医特集は10月下旬に発売されます。そこに載っている医師の「名医」渇望の度合いは、記事の大きさ、すなわち宣伝費という最も分かりやすい数字に比例しています。どの医師が「名医」になるためにどれほどの熱意を持っているのかを知るという意味で眺めて見るのも一興かもしれません。
しかし、ご自身が実際に病気になってしまった時には、作られた「名」に惑わされることなく、主治医を選ぶことをお勧めします。そして自分にとって最良の医師と出会うことができるようにお祈りいたします。

【当クリニック運営サイト内の掲載記事に関する著作権等、あらゆる法的権利を有効に保有しております。】