投稿日:2008年8月4日|カテゴリ:コラム

連日猛暑が続いています。大気中のCO2濃度上昇だけを犯人だと決め付けるのは早計のように思いますが、地球レベルで急激な環境の変化が起きていることは実感できます。日本では夏の暑さが増して、暑い期間も延長しているようです。

私が幼少の頃は真夏でも30度を超える日は今ほど連続しなかったように記憶しています。今や、東京でも30度超えは当たり前、時には35度を超える日が続きます。さらに、アスファルトで固められた地面にコンクリートのビルが林立する大都会では、太陽が沈んでも大気が冷却されないヒートアイランド現象1の結果、熱帯夜が続くことになります。しかも夏の間日本列島を覆いつくす高気圧は太平洋の湿った大気を運んできますから、湿度が高くなり、高温とともに私たちの体を痛めつけます。

高温多湿の過酷な環境はさまざまな健康被害を生み出しますが、特に気を付けなければ危険な病態は、脱水と熱中症でしょう。この二つの障害は相互に関連しておき、しかも突然に症状が顕在化して、迅速に対処しないと生命にかかわる緊急事態です。しかし、症状の一つに意識レベルの低下がありますので、本人が正常な判断をできないことがあります。したがって、周囲に異変を気付いてくれる人がいない状況だと手遅れになる可能性大です。

単身生活者が増えている昨今、酷暑による犠牲者の増加が懸念されます。とりわけ高齢の単身生活者の増加は大変危険な状況だと考えます。なぜならば、加齢とともに口渇感覚が鈍くなり、体温調節機能も低下するために、高齢者は脱水や熱中症になる危険性が高いからです。

私はこの時期になると、受け持っている高齢者の方と会うごとに、エアコンを利用することと、水分と塩分を補給することを、繰り返して指示します。

一般に、エアコンは身体に良くないという誤った信仰があります。特に、この誤解は年配の方に多くみられます。確かに、彼らが若かった頃の日本の夏はこれほどに暑くはありませんでしたし、直射日光を浴びなければ自然の風だけである程度の涼をとることができました。しかし、現在の熱帯化し、コンクリート化した日本の都市で生活をするにはエアコンを利用しなければ健康を害してしまいます。

さて、脱水や熱中症のように急激で重篤ではありませんが、暑さによる健康被害で多いものに不眠があります。

先ほど述べたように、最近の日本では日没後も気温が低下せず蒸し暑い状態が朝まで続きます。最低気温が25℃を下回らない状態を熱帯夜と呼びますが、最近は最低気温が30℃を超える「超熱帯夜」という用語まで使われるようになりました。気温が30℃以上で湿度80%以上などという環境では心地よい睡眠が得られるわけがありません。気温が熱くなると何故寝つきが悪くなるかというと、私たちの体の深部体温がなかなか下がらないからです。以下にこの仕組みを説明します。

深部体温とは体の中心部(頭腔、胸腔、腹腔など)の温度で、体の外側の温度と異なって、外界の気温に左右されにくいのです。トカゲなどと違い、私たち恒温動物では、脳の体温調節機構の働きでほぼ一定(日中の活動期で約37℃)に保たれるようになっています。

この深部体温は外気温には影響を受けにくいのですが、24時間の周期の概日リズム(circadian rhythm《サーカディアンリズム》)で1.5~2.0℃程の差で自律的に変化をします。健康な状態では午後8時~10時頃に最高になり、午前4時頃に最低になります。

サーカディアンリズムと密接に結びついた生理機能と言えば、すぐに思い浮かべるのは睡眠・覚醒のリズムですが、睡眠・覚醒機構と体温調節機構とは実際に深い相互関係をもっています。

すなわち、深部体温が最高点から低下していく変換点の時期が最も眠りやすくなるのです。反対に最低点から上昇に転じると目が覚めやすくなるわけです。このメカニズムにはメラトニンという脳内ホルモンが関係しているようです。

つまり、メラトニンの関与によって、健康な生活だと深部体温が高温から低下し始める午後の午後10時頃から12時頃が眠りにつきやすい状態になるのです。言い換えれば、深部体温がうまく低下しないと寝付けないわけです。

先ほど、深部体温は外界の温度の影響を受けにくいように調節されていると言いました。しかし、いくら精緻に作られた体温調節機能をもってしても、外気温が28℃を超え湿度が高い状態が続くと、体温が逃げにくいし、汗が蒸散しにくくてさらに体温が低下しにくくなります。熱帯夜に寝付けない理由は深部体温がうまく低下しないことに起因するのです。

ではどうすれば深部体温を高温から低下に導くことができるでしょうか。一つの方法は眠ろうとする前にいったん深部体温を上昇させてあげることです。そうすれば、今度は低下に向かいます。催眠効果は深部体温の絶対温に依存するのではなく、高温から低下に向かう温度変化に依存するからです。

具体的には暖かいミルクやアルコールのお湯割りなどを飲むと内部の温度を上げることができます。また唐辛子など辛み成分であるカプサイシンという物質も内部の温度を上げる効果があります。夏に辛い物を食べるという習慣は結構理にかなっていると言えます。

こうして、深部体温を上昇させておいてから軽い運動や入浴をして発汗を促せば、体表から温度を放出して、深部体温も低下に転じやすくなります。

こういった工夫は寝つきを良くする効果はありますが、熱帯夜の状態ではいったん低下した深部体温が再び上昇に転じてしまい、せっかく眠ったのに数時間で目が覚めてしまいます。アイスノンなどを利用して、脳に行く動脈の通り道である首筋を冷やすと睡眠を維持するのに効果があります。

しかし、こういった工夫にも限界はあります。東京の真夏ような異常な生活環境で快適な睡眠をとろうと考えると、やはりエアコンを利用する以外ないように考えます。地球環境やエネルギー問題を考えた場合、みんなでエアコンを使用することがよくないのは充分承知しておりますが、個人の健康を考えるとそうも言っていられません。特に体温調節機能が脆弱な高齢者や乳幼児の健康被害を防止するためにはエアコンは必需品です。このあたりが環境問題の難しさです。

エアコンの利用とはいっても、極端に冷房するのではなく、除湿して室内の湿度を下げるだけで快適な睡眠環境を得ることができます。自分の健康と地球環境のバランスを考慮しながら、なんとかこの夏を乗りきりましょう。

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