投稿日:2008年4月20日|カテゴリ:コラム

私が1月の21日にアップロードしたコラムで、「ユダヤ人をアウシュビッツに輸送する貨車」や「沈没船」を喩にだして解説した、後期高齢者医療制度がこの4月開始されました。
予想していた通りに波乱の幕開けです。2005年、小泉の圧倒的与党多数の時代にあたふたと決まったこの「医療の姥捨て山政策」はこの3年の間、社会福祉政策のきわめて重大な方向転換であるにもかかわらず、国民に対してきちんとした説明をなされてきませんでした。
案の定、4月1日のスタートと同時に全国各地から悲鳴が湧きおこりました。自治体から保険証が届かなかったり、届いた保険証を間違えて破棄してしまって、3月まで普通に受けてきた医療を受けることができない高齢者が少なからず出現しました。また、有無を言わせず年金から徴収する保険料に関しては、多くの自治体で計算を間違えて本来の保険料よりも高い金額を天引きすることになってしまったりもしています。
さらには、4月から天引きが行われた自治体と、騒ぎを大きくしないために天引きを先送りする自治体とが現れわれています。保険料自体が自治体によってばらばらでありますから、日本全国平等という皆保険の大原則が介護保険に次いで、またもや破られました。これでは社会福祉全体が完全に破壊されていて、各州ごとに福祉サービスの異なる合衆国、アメリカと同じです。

我々医療現場に立つ者にも甚大な影響が及んでいます。これまでの保険とはまったく違った枠組みの医療保険ですから全て登録しなおしです。しかも事前の説明が十分に行われてこなかったために、新しい保険証を持参せずに来院される方が続出。健康不良のために来られている方に対して診療拒否をするわけにもいかずに、仮登録でなんとか凌いでいます。
また、4月の診療費のレセプト算定作業はあと10日ほどで行わなければならないのですが、このやり方がいまだにわれわれ医療現場に周知されていないというありさまです。厚労省はこの3年間いったい何に時間を費やしていたのでしょう。
私は、この3年の間、国はむしろこの医療制度の詳細が国民になるべく知られないように腐心していたのだと推測しています。国がもう一つ懸命に努力してきたことはお金の計算ではないでしょうか。どうしたら、「赤字にならないようにするにはどれだけたくさん保険料を徴収して、どのように支払いを絞るか。」という観点からの試算に明け暮れていたのだと思います。実際の運用なんかにはほとんど関心がなかったのではないでしょうか。
この老人向けの社会福祉制度も先行出発した介護保険制度と同様、保険料は遺漏することなく厳しく徴収し、支払いはできる限り少なくする。先日のコラムでも書いた、詐欺商法の鉄則をより完璧に遂行すべく用意周到に計算された最悪の医療保険制度です。
内容はもっと劣悪です。「お年寄りがこの先も安心して医療を受けられるようにこの制度を整備した。」と言っていますが、本当はまったく逆です。この先負担が増えることが予想される高齢者の医療にかかわる国の負担を極力押さえ込むためことが真の目的です。
先行出発した介護保険では、現在の保険料がすでに発足当時の支払額の2倍近くになった自治体もあります。今度の後期高齢者医療保険の保険料はこの介護保険料を上回るスピードで増額されることも予想されます。さらに一定期間保険料を滞納すると容赦なく保険証を没収されます。一方、受けられる給付(医療サービス)は介護保険と同様に年々基準を厳しくしていくと予想され、現在の水準の医療を受けることは困難になるのもそう遠い将来ではないでしょう。
すでに高齢者の方の多くが医療を受けている慢性疾患に対しては専門医への受診や、必要な検査を受けられないようなシステムである後期高齢者診療料という「まるめ」方式*1が採用されました。
また国は、在宅では介護が困難な高齢者が多数入院している療養型病院を取り潰しにかかっています。受け皿となるべき施設や在宅システムも完備しないままに削減目標数まで潰していく予定です。
さらに、国は65歳から74歳の方の中で障害者の医療費補助を受けている方は強制的にこの「沈没船医療制度」に乗せてしまおうとしています。
従来はさりげなくオブラート包んだやり方で表わしてきた、「社会の足手まといになる年寄りや障害者は死ね」という国の本音がついに露骨に具現化されたのがこの新医療制度です。
この保険新設の根拠となっている試算は「団塊の世代が後期高齢者になる時点ではこの年寄りたちにかかる医療費が12兆円に達する。」というものです。12兆円と言えば大変な金額に聴こえますが、今政府与党が2/3条項を使って復活を企てている道路特定財源からの無駄遣いの額がちょうど年12兆円になると聞いております。なんとも皮肉な数字の一致です。
それでも国民は、これまで長きに渡って我が国の復興に尽くしてきた高齢者および将来高齢者になる団塊の世代をこの世から抹殺するための冷酷無比なこの医療制度を、羊のようにおとなしく受け入れようとしています。もし我が日本国民が家畜のようにおとなしい国民性でなく、ラテン系の血が流れていたならば暴動が起きてもおかしくない制度です。
いや、このことは後期高齢者医療制度にかぎったことではありません。日本人に自由や人権は自分たちの力で勝ち取るものだという意識が少しでもあったならば、今まで度々このコラムで取り上げてきた介護保険、郵政民営化、自立支援法などの段階でとうに暴動が起きていても不思議ではなかったと思います。
わが国においては長い江戸時代に培われた「お上意識」が国民に染み付いており、戦後の民主主義も占領軍から与えられた制度であって、本当に自分たちの力で勝ち取った国民主権という意識が育っていません。「お上には逆らってはいけない。」、「お上に任せておけば大丈夫。」という意識が骨の髄まで染み付いているようです。
確かに、自分で考え、自分で行動するよりも、全て他人任せのほうが楽です。いらぬ労力を使うことがありません。しかし、そういう態度が、我が国に耳ざわりのよいワンキャッチコピーに拍手喝采するポピュリズムを蔓延させて本当の民主主義が育ってこなかった元凶なのではないかと私は考えます。

不評の嵐が巻き上がると福田総理大臣が「これは後期高齢者医療制度という名前が悪いイメージでよくない。『長寿医療制度』に変更しなさい。」との指令を出しました。これを受けて急遽名称を変更するようですが、中身をまったく改めることなく、非難の矛先をかわすために聞こえのよい名称に変えようという発想はまさに詐欺師の本領発揮と言ったところでしょう。
名前さえ変えれば国民はごまかせると考えているのでしょう。これほど国民を愚弄した態度を許すことはできません。日本国民は国家という本来国民のための僕から完全に馬鹿にされているのです。
これほどなめられているにもかかわらず、「はいそうですか。ありがとうございます。」とごまかされてはいけません。問題は私たちの生存権にかかわることです。
外交などの難しい議論はともかく、私たち日本人も、少なくとも自分たちの生活の根幹にかかわる問題については「Yes!」、「No!」の意思表示をできるくらいの民度になりたいものです。
日本人も与えられた民主主義ではなく、そろそろ自分たちで考え、自分たちで行動することによって国家を動かす真の民主主義に目覚めてもよい時期ではないでしょうか。
親を踏み台にして繁栄する国家に子孫の繁栄があるはずがありません。

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*1丸め方式:診察料、検査料、指導料などのそれぞれの診療行為に対する出来高払い制ではなく、特定の病気に対してはどんな診療を行っても一月いくらと決まった額しか支払わない方法。後期高齢者医療制度では高血圧、高脂血症や認知症などの慢性疾患に対して後期高齢者診療料として取り入れられました。検査漬けなどの過剰診療を抑制する効果はありますが、今度は必要な検査も行わないという事態が予想されます。なるべく何もしないほうが儲かるからです。真面目に診療すればするほど医療機関は赤字になります。

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