投稿日:2008年3月24日|カテゴリ:コラム

成年後見制度とは判断能力(事理弁識能力)が不十分な成年者を法的に保護する目的で、重大なものごとの決定に関して、本人の行為能力を制限するとともに、本人のために法律行為を行い、また本人の法律行為を助ける者を選任する制度です。2004年4月に従来の禁治産・準禁治産制度に代わって設けられました。
裁判所の審判による「法廷後見」と、本人がまだ判断能力が十分なうちに候補者と契約しておく「任意後見」との二つがあります。任意後見に関しては本人の意思によって行われる契約ですから、純粋に法的な問題であって、医師の出番はありません。
一方、旧民法における禁治産、準禁治産に相当する法廷後見制度は裁判所における審判を必要とする制度です。ですから本人の事理弁識能力の程度がどの程度であり、またその状態が将来において回復可能なものなのかどうかについて、医学的な判断を求められます。つまり、医師の鑑定書が必要になるのです。
後見が認められれば、本人の基本的な人権の一部を制限する結果となりますから、その鑑定書の使命は重大です。現在この制度が対象としている主な疾患は老年期の認知症の方ですので、裁判所は医師であれば科を問わずと言っていますが、耳鼻科や眼科の先生には書けないのではないでしょうか。
やはり日常的に脳とのかかわりが深い科(精神科、神経科、神経内科、脳外科)の医師でないと厳密な鑑定書を書くことはできないと思います。一般内科の医師では痴呆の有無を見分けることもできないケースも多々あります。ましてや、その障害の程度や予後について判定することは困難です。
さらに精神遅滞や統合失調症のケースになると、精神科以外の医師ではお手上げではないでしょうか。

この制度の目指すところは精神障害によって自身の身の安全や財産の適切な管理・処分を後見人や保佐人によって支えていこうというものです。つまり、周囲の勝手な思惑で住んでいるところを追い出されたり、本人の財産を処分されたりすることを防ごうということです。
事実、認知症のお年寄りを狙った「次々詐欺」の報道が絶えませんし、財産相続の思惑による子孫間の骨肉の争いに翻弄されるお年寄りも少なくありません。こういったことを防止するためにこの制度がもっと活用されることが望まれます。
障害の程度によって後見、保佐、補助の3種があります。
もっとも重い障害者に対して対応しているのが「後見」です。精神上の障害により判断能力を欠く常況にある者を対象とするとなっていて、従来の禁治産がこれに相当すると考えられます。
後見が決定しますと、成年後見人は成年被後見人について広範な代理権と取消権、財産管理権(民法859条)、療養看護義務(民法858条)をもちます。ただし、日常生活に関する行為については取り消すことが出来ません。また、遺言や婚姻などの身分行為や、治療行為などの事実行為に関する同意など、本人だけで決めるべき(一身専属的)事項についても、同意や取消はできないと考えられています。
保佐は障害の程度が後見までには至っていない方を対象としています。精神上の障害により判断能力が著しく不十分な者とされています。保佐人民法13条1項に定める重要な財産行為について同意見および取消権、追認権を持ち、さらに、当事者が申し立てた特定の法律行為についての代理権を有します。ただし、代理権の付与は、本人の申立てまたは同意に基づく別個の審判が必要となっています。
さらに精神障害の程度が軽い場合には補助人の選定を行います。事理弁識能力の低下が軽いわけですから、自己決定の尊重の観点から、本人の申立て又は同意の審判が同時並行して行われます。
被補助人は民法13条1項
に列挙されている行為の一部の法律行為について補助人の同意を要します(民法17条)。補助開始の審判には必ず併せて17条第1項の同意権付与の審判あるいは民法876条の9の代理権付与の審判の一方又は双方の審判がなされます(15条3項)。つまり、補助の場合には本人の希望によって特定の法律行為を限定して補助人に委託するというわけです。

後見なり保佐が選任されていれば、後見人・保佐人の署名のない契約は成立しませんから、お年寄りを次々詐欺から守れますし、勝手に老人ホームなどへ追いやられることもありませんし、遺産の相続も適正に行われるはずです。
ところがどんな制度も悪用されるものです。身寄りのない認知症の老人をいいくるめてまったく血筋のない人が後見人になってその人の家や財産を搾取しようとするケースも出てきました。暴力団関係者、悪徳弁護士、心ない医師がかかわっています。
子供たちの財産分配争いのために利用されるケースも急増しています。自分だけが親の資産を手に入れたいと考える子が本人の意思を確認せず、さらに他の兄弟の了解を得ずに後見人になろうとかかる例も少なくありません。
こういった場合では審判申立をしている子供の話を聴くだけでは誤った検定書を書いてしまう危険性が大です。本人の診察をしっかりと行うだけではなく、複数の人々の意見を聴いて厳正中立な鑑定書を書かなければなりません。鑑定に際しては、鑑定人は「虚偽のことを書かずに、真実のみを書く」という宣誓書を提出させられていますから、いい加減な鑑定書を書けば「偽証罪」で罰せられます。
安易に鑑定を引き受けると、悪事の一翼を担わされることになるとともに偽証罪を問われることになりますから注意しなければなりません。したがって、労多くて益少なく。まかり間違うと罪を問われる鑑定業務は一般的に引き受けたがる医師が多くありません。
私も当初は面倒くさいのであまり引き受けたくありませんでした。しかし、主治医の関係を長く続けている例の場合には断るわけにもいかないのでしぶしぶ引き受けました。しかし、この制度が一般に周知されるとともに要請件数が増えてきました。
普段、主治医として診ている方だけでなく単純に認知症のために自己保全ができないだけではない、難しいケースが飛び込みで入ってくるようになりました。断れば断ることは断ることはできなくはないのですが、そういうケースは単に認知症による記憶障害が問題になっているだけではない人が多いのです。
つまり、若い頃から別の精神障害にかかっていたと思われたり、元来の人格が相当に片寄っているために認知症の程度は軽度であっても、社会的には早期に保佐人を立てなければならない人です。よりややこしい鑑定を必要とするケースなのです。
私は精神科専門医であり、長年老年精神医療に取り組んできました。私が断れば、依頼者は途方にくれるであろうと考えると断りきれずに、これまでに相当な数の鑑定を引き受けてきました。
その結果、多くの方々を法的に救済することができました。本人のその後の安寧な余生と、親族の平和を確保するための法的な行為のお役に立てたと考えると、とてもやりがいのある仕事であると感じるようになりました。
私たち精神科医は専門科の特性から成年後見制度にかぎらず、法曹とのかかわりの深い科です。今後は、私たち精神科医は法律家との連携をもっと密にして、積極的に鑑定業務に取り組んでいかなければならないと思っております。

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