投稿日:2008年3月3日|カテゴリ:コラム

三浦和義60歳。懐かしい人物がマスコミの舞台にリバイバルしました。
若い方は「誰?」という感じでしょう。それもそのはず、彼が時代のヒールとして脚光を浴びたのは四半世紀前のことです。追いかけるマスコミに対して冗談を飛ばしたり、水を引っかけたり。最近では珍しくない「パフォーマンス容疑者」の元祖です。
話は1981年11月18日ロスアンゼルスのダウンタウンの一画でおきた日本人夫婦銃撃事件に始まります。頭部に銃弾を受けた妻は植物状態になって、1年後の1982年11月30日に死去されました。自身も大腿部を銃撃された悲劇の夫は、まもなくいろいろなスキャンダルが明るみに出て、一転、保険金目当ての殺人容疑者として世間の注目を集めることになります。その人が三浦和義さんです。
「犯人は三浦」という予断にもとづいた報道の加熱ぶりは度を越して、彼が経営する輸入雑貨店の前には週刊誌やテレビのワイドショーの記者が連日行列という騒ぎになりました。なかには、自宅に住居侵入する者まで現れました。
事件そのものは因縁の週間文春をはじめ、多くのメディアが過去の資料を掘り起こして詳細に記述していますが、一応あらましだけを述べておきます。

三浦のロス疑惑は実は3つの事件からなっています。
1.1979年3月29日、当時彼の雑貨店の共同経営者であり、同棲していた白石千鶴子さんがロスアンゼルスに渡航したまま失踪。5年後の1984年3月29日にロスアンゼルス郊外で発見された変死体が、白石千鶴子さんの遺体と判明した。
2.1981年8月13日、三浦の当時の妻、一美さんがロスアンゼルスのホテルでアジア系の女性にハンマーで殴られて負傷する殴打事件。1984年5月に元ポルノ女優のYMが三浦に依頼されて殺人目的で殴打したことを告白。
3.2の3ヵ月後におきた、前述の一美さん殺害事件。そして一美さんが死去した後に彼は一美さんの親族には一切知らせずに1億5千500万円の保険金を受け取っていた。
1.に関しては、白石さんが失踪直後三浦は同棲の事実も認めず、「北海道へ行った」と言っていました。当時白石さんは離婚したばかりでした。前夫から430万円の慰謝料が振り込まれていましたが、そのお金が何者かによって引き出されており、彼女の荷物は三浦の手によってすべて捨て去られていました。
世間からの追求が厳しくなると三浦は、「千鶴子さんを成田で見送った」と前言を翻しました。出入国記録から白石さんは79年3月29日にロスに出国して帰国していないことが判明しました。またなんと、三浦は白石さんを見送ったのではなく、白石さんが出国する2日前の3月27日にロスに出国して4月6日に帰国していたのです。
さらに、疑惑追及が一層厳しさを増すと白石さんの口座から430万円を引き出したのが自分であることも認めました。それは、一美さんの死が「悲劇の夫婦愛」から「陰湿な保険金殺人」へと急変する世論を加速させました。
そんな最中、失踪からちょうど5年目の84年3月29日に5年前にロス郊外で発見された変死体が白石千鶴子さんの遺体であることが確認されました。しかしながら5年経過した遺体の損傷は激しくて、この事件の真相はいまだに藪の中です。
三浦は白石さん失踪の4ヵ月後に、2.3の被害者として殺害される一美さんと3度目の結婚をしています。
2.は当時愛人関係を結んでいたYMに保険金目的で妻、一美の殺人を依頼した殺人未遂事件であることが判明して、85年9月11,12日に三浦とYMが警視庁に逮捕されました。86年7月14日YMに対して懲役2年6ヶ月が確定しました。
当の三浦に対しては東京地裁が87年7月に懲役6年の実刑判決を下します。
しかし、三浦は控訴、上告をして粘ります。最終的に最高裁で上告が棄却されて懲役6年の実刑判決が確定するのは98年9月16日のことです。11月に宮城刑務所に収監されますが、未決拘留日数が差し引かれるために、2年後の2001年1月17日には出所しています。
核心の事件3.に関しては88年10月20日に警視庁が殺人容疑で三浦と実行犯のOYを逮捕しました。
94年3月31日、東京地裁は三浦夫妻に対する銃撃事件で、OYに対しては「実行犯と断定するには証拠不充分」として無罪を言い渡しましたが、三浦に対しては実行犯を「氏名不詳」としたまま、無期懲役を言い渡しました。
98年7月1日、東京高裁での控訴審では、大久保に対し再び無罪を言い渡しました。ところが、三浦に対しては、実行犯が見当たらず謀議の形跡がほとんど認められないと指摘し、「共犯者が単に特定されていないだけでなく、その存在の有無など重要な点が全く解明されておらず、氏名不詳に妻を銃撃させたのは間違いないと推認できるだけの確かな証拠がない」として逆転無罪となったのです。
検察は直ちに最高裁判所に上告しますが、2003年3月5日に最高裁は検察の上告を棄却して、一美さんの銃殺事件に関しては三浦の「無罪」が確定します。
こうして22年かけて日本中の関心をさらった一連の事件は、1件は遺体の損傷によって事件性そのものを問えないという無念の結果。残りの2件は同一人物に対して同じ動機で行われた犯罪であると考えられるのに、1件に対しては有罪なのに、2件目に関しては確証が得られずに無罪。事件は一般人の感覚とははなはだかけ離れた結末で幕を閉じたかに見えました。
しかしそうではありませんでした。冒頭書いたように、三浦は今年になって、2月22日サイパン島(米国自治領)において米当局の手によって逮捕されました。1981年のロスアンゼルスにおける一美さん銃殺事件に関して1988年5月5日にロス市警から発行された「殺人罪と共謀罪」容疑の逮捕状の履行ということです。なんと事件から27年もたっています。
法律に詳しく、悪知恵の働く三浦も、この逮捕は晴天の霹靂、さぞやびっくりしたでしょう。なぜならば、日本では憲法39条*1の「一事不再理」の原則によって、一度刑が確定したものは、その後に状況が変わったとしても同一の犯罪について、再び刑事責任を問われることはないからです。
殴打事件についてはすでに役に服し、銃撃事件では無罪が確定しています。しかも、27年も前のことです。期間が延長された時効期間25年さえもとうに超えています。
このアメリカ捜査当局による逮捕は三浦以外の関係者も予想外の出来事であったようです。日本の最高裁判所ですでに無罪が確定している犯罪についてアメリカが逮捕をしたのです。しかも27年もたった今。
法律家の話によると、日本人が外国で犯罪を犯し、その国の法律で裁かれる場合には「一事不再理」の原則は適用されませんが、実際に立件されることはきわめて稀なことらしいのです。
今回の場合は、犯罪捜査に関してアメリカが「属地主義」、日本が「属人主義」を取っているために起きたと言われています。日本国内でアメリカ人が犯罪を起こした場合、アメリカの捜査当局は原則的に立件しませんが、日本の捜査当局は日本人が海外で起こした犯罪も捜査します。結果的に、日本人によるアメリカ国内での犯罪は、日米両国で逮捕・起訴される可能性があるのです。
また、殺人罪は、日本では25年の公訴時効がありますが、アメリカには時効がありません。アメリカでは38州が刑法で死刑の規定を設け、13州が死刑を廃止していますが、カリフォルニア州は、計画的な殺人を含む「第1級殺人」の最高刑は死刑です。

彼が一時代、日本中の脚光を浴びた理由は事件そのものへの関心もありますが、彼の特異なキャラクター、生い立ち、事件以外の場面にもみせるパフォーマンスが大きくかかわっていると思います。
三浦和義は1947年山梨県に生まれます。父方の叔母が大物女優の水の江瀧子ということで子役として映画に出演したこともあります。19歳の時に放火事件で逮捕されて少年刑務所に7年間服役した。
なお、ロス疑惑最中、三浦は実は水の江瀧子の隠し子だという風聞が出回りました。水の江瀧子は松竹歌劇団で男役のスターであったために男っ気がなく、もし子供を産んでいたとなると、それ自体が大スキャンダルであったために大騒ぎになりました。結局、この騒動が原因で水の江瀧子は芸能界を引退せざるを得なくなりました。
26歳で少年刑務所から出所した三浦は2度の結婚をして、どうやって資金を獲得したのか分かりませんが、33歳の時にはアメリカングッズを輸入販売する「フルハムロード」を経営していました。そして白石千鶴子さん失踪に始まる一連の事件の主役として世間の脚光を浴びることになるのです。
彼が着ていたことで有名になった「ペイズリー柄」の派手な洋服。マスコミに追いかけられることを楽しんでいるかのような目立つ行動。三文芝居じみた大げさでわざとらしい過剰表現。新事実が出てくるたびにころころと変わる証言内容。これほどヒールにうってつけの人はめったにいません。
偶然とは思えないほどの確率で彼の周囲で起こる数多くの事件、生い立ち、信用性のない彼の言動、次々と明るみに出る女性との醜聞、保険金という明確な動機などから、大半の一般人は彼を犯人と確信するようになっていました。
しかし、3ヶ月前に起きた殴打事件では有罪が認められたにもかかわらず、肝心の銃撃事件では一転して無罪が確定したのです。この判決に対して国民の多くはやるせない気持ちを抱きました。
一方、限りなくグレーな三浦に対する無罪判決は、刑事訴訟法317条*2の「証拠裁判主義」と刑事訴訟法336条*3にもとづく「疑わしきは罰せず」「疑わしきは被告人の利益に」の原則にのっとった毅然とした判断であったとも言えます。
私もこの無罪判決には「法による正義」の限界を感じてがっかりした一人ですが、刑事裁判における二つの大原則をないがしろにすると、今でも我が国では決して少なくはない「冤罪」を一層増やす危険性が大きくなります。
事件とは直接無関係な醜聞や過熱報道によって作り出される雰囲気で判決が左右されることは絶対にあってはいけません。国民の成熟度が不十分なままに、強引に近々裁判員制度が導入されます。私たちは刑事訴訟法317条と刑事訴訟法336条の原則を強く肝に銘じておかなければならないでしょう。

さて、三浦の異様な人格は結審後もいかんなく発揮されます。三浦は獄中からマスコミに報道された名誉毀損報道に対し、弁護士を代理に立てない本人訴訟を起こします*4。マスコミに対する名誉毀損による本人訴訟は476件にものぼりました。そして本人に言わせると、なんと訴訟のうち80%で勝訴(15%は時効による却下、5%は三浦の敗訴)しました。賠償金総額は和解金を除いて5000万円以上に上ります。また、三浦は獄中にいる時から数多くの本を出版して、多額の印税を稼ぎます。
最高裁で銃撃事件の無罪が確定した2ヵ月後の2003年5月には、後に被害額が少なく容疑を認めて謝罪していることから不起訴(起訴猶予)処分となりますが、都内の書店で万引きをして現行犯逮捕されます。
最近でも2007年4月に自宅近くのコンビニエンスストアで万引きをしたとして、窃盗容疑で逮捕されました。この事件は現在も係争中とのことです。
一美さんが死去した2年半後に再婚し4度目の妻(拘置所時代に一度離婚して98年に復縁したので、正確には5度目の妻でもある)となったYさんもそうとう目立ちがり屋で、夫婦して告白本を出版したりしています。
芸能プロダクションに籍をおいて毎月1回トークライブを開き、「自分と同じ冤罪被害者の支援」にも力を注いでいます。

法律家でない私には、27年前の疑惑の銃撃事件に対する正義の審判が今後どのような展開をみせるのかは見当がつきませんが、精神科医として彼の精神が病んでいることだけは断言できます。
精神障害の中に「演技性人格障害(Histrionic
personality
disorder)」というものがあります。「演技性人格障害」は国際疾病分類(ICD−10)でF60.4に、DSM?−TRでは301.50に分類されている精神障害です。
ICD−10によると以下の項目で特徴付けられる人格障害と定義されています。
1.自己の演劇化、芝居がかった態度、感情の誇張された表出
2.他人や周囲から容易に影響を受ける被暗示性
3.浅薄で不安定な情緒
4.興奮および自分が注目の的になるような行動を持続的に追い求める
5.不適切なほど誘惑的な外見や行動をとる
6.身体的魅力に過度に関心をもつ関連病象として自己中心性、自分勝手、理解されたいという熱望の持続、傷つきやすい感情、および自分の欲求達成のために他人を絶えず操作する行動が含まれる。

これまでの三浦の言動を見ると以上のすべてが見事に当てはまります。この
人格障害を説明するために彼ほどの適役はいません。見事なモデルケースと言えます。私は三浦和義に「演技性人格障害」という診断をくだします。
彼は今回の意外な逮捕に対して不本意であると同時に、一方では喜びと充足感を感じているかもしれません。再び大舞台に登場することができて、世間の注目を浴びるからです。
人格障害は薬を飲むだけで治るものではありません。自己の人格にもとづく行動が一般社会に受け入れられないこと、また自己の欲求をある程度抑えて社会に適応することが真の幸福につながることを気付かせ、行動の矯正を促さなければならないのです。
私は精神科医として、三浦和義本人および彼を取り巻く周囲の人々の精神保健の観点から、是非ともアメリカの司直の手によって適切な社会的制裁が下されることを望みます。
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*1憲法第39条:何人も、実行の時に適法であった行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問はれない。又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない。
*2刑事訴訟法第317条:事実の認定は、証拠による。
*3刑事訴訟法第336条:被告事件が罪とならないとき、又は被告事件について犯罪の証明がないときは、判決で無罪の言渡しをしなければならない。
*4三浦が名誉既存訴訟を起こして勝訴したことは、マスコミの報道のあり方、警察や検察の捜査や矯正施設での問題を浮き彫りにした形となり、幾つか改善されていったことに対する貢献度は大きいと言う見方もある。例えば、現在は被疑者の人権を守るために、逮捕や連行の場合は警察は頭から衣服をかぶせたり、手錠にモザイクをかけたり、全体をシートで遮断するなどの措置がされる。これは三浦が殴打事件での逮捕において警察が連行中に、報道関係者の写真撮影用に腰縄・手錠姿を撮影させた際、三浦はこれを有罪が確定していない被疑者を晒し者にする人権侵害だとして提訴して三浦が勝訴したことがきっかけとなった。

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