投稿日:2008年1月21日|カテゴリ:コラム

この4月から施行される後期高齢者福祉制度とはどんな制度なのか。これに答えられる方は少ないと思います。実際に運用細則は未だ定まっていませんから、正確に答えられる方がいるはずがないのです。
医療に携わる私たち医師でさえ、詳細が分かっていないのです。75歳以上の後期高齢者の方々は、自分達を待ち受けている数ヵ月後の医療環境がどのようなものなのかを理解していない方がほとんどです。名前さえ知らない方も少なくありません。
論理的な思考が困難な認知症の方も少なくない世代の人達です。政府は十分な説明もないままに、またもや嘘で塗り固めた大義名分と美辞麗句を並べ立てる常套手段で、この老人達を有無を言わせずに行き先不明の船に乗せるのです。国が作り上げたこの老人専用船について、分かっている範囲で説明してみたいと思います。

この新制度は平成18年6月21日に公布された「健康保険法等の一部を改正する法律」に基く新しい医療保険制度です。国が表向きに唱える立法趣旨は、「高齢者の医療費を安定的に支えるため、現役世代と高齢者の方々が負担能力に応じて公平に負担することが必要であること」です。
これだけを聞けば、なんとなく「ごもっとも」と思ってしまいます。しかし、国が「安定」、「適正」、「公平」という言葉を使う時には間違いなく国家にとって「安定」、「適正」、「公平」であっても、主権者たる国民にとっては「不安定」、「不適正」、「不公平」であることが通例です。

それでは、この保険制度の概要を列記してみます。客観的な資料として書くので、厚労省の説明とほとんど変わりがなく、なんのことだかさっぱり分からないと思います。行政用語にうんざりする方は途中を読み飛ばして後半からお読みください。
運営:各市町村の地方自治体が運営者で窓口業務(申請受付、保険証の引渡しなど)、保険料の徴収事務を行います。被保険者の資格管理、保険料の賦課、給付、財政運営などの事務は都道府県単位に設置される後期高齢者医療広域連合が行います。
対象者(被保険者):75歳以上の方(75歳の誕生日から)と65歳以上75歳未満で一定程度の障害の状態にあると広域連合の認定を受けた方(認定を受けた日から)です。それまで加入していた国民健康保険や被用者保険(被扶養者含む)からは強制的に脱退させられ、後期高齢者医療制度に加入させられることになります。
財源:患者の自己負担を除き、公費(5割)、現役世代からの支援(約4割)、被保険者の保険料(1割)を財源として運営します。5割を受け持つ公費の負担比率は国:都道府県:市町村=4:1:1です。
患者の窓口負担:現行の老人医療と同様に原則1割負担で現役並み所得者は3割負担となります。
保険料:保険料は次の計算式によって決められますが、種々の特例があって実態は複雑で難解です。。
1人当たり保険料額=被保険者均等割額+1人当たり所得割額
医療の給付:現行の老人保健や国民健康保険で給付されるものと同等。ただし、4月からは高額介護合算療養費という科目が新設されます。
この辺までは政府がまだ歯切れよく公表しているのですが、以下のことについては次第に声が小さくなっていきます。
前期高齢者(65歳〜74歳)医療の適正化:現行の退職者医療制度の廃止を廃止する。70歳から74歳の高齢者については本年度からは原則2割の窓口自己負担となります。さらに漸次新医療制度の枠組みに組み入れるための新制度を作る予定です。
さらに、次の項目については地方自治体や医療保険の負担を担う企業向けには強くアピールしますが、新制度の対象となっている高齢者にはほとんど説明されない点です。
保険料率の改定:当初保険料の1割とされている高齢者本人の負担は2年ごとに見直して、漸次引き揚げていく。一方、現役世代からの負担は出発時の4割を上限として漸次引き下げていく。
今後、急増する高齢者。一方、少子化で減少していく若者。膨れ上がる老人達の医療費にかかわる現役世代の負担を減らすことが目的です。

以上、4月からスタートする新医療制度についてのあらましを書いてみました。忍耐強くここまでお付き合いくださった方に、先ほどの資料をどう解釈すればよいか、具体的にお示しします。途中離脱組もここから再集合です。

まず保険料ですが、介護保険で先鞭をつけた過酷な取立て方式が採用されて、年額18万円以上の年金を受け取っている老人(ほとんどすべての老人)は年金から天引きされます。年額153万円までしか受け取っていない老人からも年11,200円の保険料を徴収します。さらに、所得に応じて保険料は高くなります。国の試算では全国平均で1人当たり74,000円/年(約6,000円/月)の保険料となっています。
同じく全国平均で4,090円/月の介護保険料と併せて、平均値として毎月1万円以上(12万円以上/年)の金額がなけなしの年金から天引きされるのです。平均よりも年金支給額の多い人や年金以外の収入のある方はさらに高額の負担を強いられます。現役並みの収入のある方は医療保険だけで70万円弱、介護保険料の10万円と併せると年に80万円も徴収されます。
高い保険料を支払う方はそれに見合った収入があるのですからやむをえないかもしれませんが、年に100万円に満たない年金しか受け取っていない老人から1万円以上の保険料を徴収するのは過酷としか言いようがありません。
受けとる年金のほうは長年のずさんかつ悪質な管理運営で、自分達が精査し直さないと満額支給されない可能性が少なくないにもかかわらず、徴収する保険料は有無を言わせぬ「天引き」です。
しかもこの保険料は2年ごとに増額していくのです。平成27年には1.4倍になる予定です。すでに介護保険料は年々増額されています。団塊の世代が全員高齢者となる時点では国にむしりとられる医療・介護保険料は老後の生活を深刻に窮する額に達していると考えられます。
これまでの医療制度では75歳以上の高齢者は障害者や被爆者などと同じく、「保険料を滞納しても、保険証を取り上げてはならない」とされてきましたが、新医療制度では、滞納者は保険証を取り上げられることになりました。不測の事態で保険料を納付できなくなると、生命に直結した医療そのものを受けることが困難になるのです。「死ね」ということです。
さらに、この保険料は医療や介護を受けなくても徴収されるお金です。実際に医療や介護を受ける時には残りの年金や蓄財から1割〜3割の自己負担分を支払わなくてはいけません。私は過去の厚労省のやり口から想像して、窓口で支払う自己負担分はやがて原則3割に変更されると確信しています。

もっとも根本的な問題であるにもかかわらず、あまり取り上げられていないことはなぜ別立ての新しい医療保険という枠組みにしなければいけないのかということです。国は現役世代の負担を増やさないためと言っていますが、現役世代の負担を増やさなくても、現行の枠組みの中で国の負担を増やせばよいだけのことです。
国税からの負担を増やすといっても、必要もない道路や箱物を作ったり、1,2年ごとに高額の給与と退職金を自分達が得るために考えだした「天下りのシステム」のための無駄使いを少しだけ節約すれば、あっという間に捻出できる金額です。
自分達の利権を減らすことは絶対にしない。まずこれが大原則です。その上で、帳尻の合わない高齢者の医療費増加にどのように対応するかと考えた挙句のたてまえが「世代間の不公平を無くす」です。
高齢者vs若者という敵対関係図を描いて見せて、問題の本質から目をそらそうという常套手段です。昨今急増している、親の子殺し、子の親殺しは国の基本政策に則った、起こり得るべくして起こっている現象かもしれませんね。
別立ての医療保険にすることには隠された2つの狙いがあります。その1つは新たな制度に対応して後期高齢者医療広域連合という新たな組織を作ることです。悪評高い社会保険関連組織や国民健康保険関連組織に加えて、新たに厚労省役人達の天下り先、利権製造組織を作ろうというのです。
天下りの役人OBや道草役人達への無駄な俸給だけでなく、実務に当たる事務職員の人件費が新たに発生します。国全体の医療にかかわる事務費用(医療行為そのものとは無関係の無駄がねとも言える)は増加します。結局、国民全体が今までと同じ医療を受けるためにかかる費用は増えてしまうのです。
2つ目は給付される医療水準の低下です。本年4月施行時は今までと同じ医療を給付するといっていますが、「永久に」とは言っていません。実はこちらも2年ごとに見直すのです。つまり、やがては高齢者への医療行為に対する診療報酬(医療単価)は徐々に引き下げようと考えているのです。
高齢者と64歳までの人が同じ胃癌の手術をしたとしても、高齢者保険から医療機関に支払われる報酬は、64歳までの人が加入している社会保険や国民健康保険から支払われる額より安くなるのです。そこへもってきて、これまでもお話してきた医療・福祉へのアメリカ型市場経済優先主義。医療機関は同じ労力で安い報酬しか得られない高齢者の診療を避けるようになります。高齢者の方々がこれまでよりも劣悪な医療しか受けられなくなるのは目に見えています。
すでにアメリカ資本やオリックスの宮内で代表される拝金主義者達が営利的な医療保険市場を確立しました。高度医療の導入という名目で、医療行為を少しずつ保険診療から自費診療へと移していく混合診療も間もなく解禁されます。
アメリカから毎年要望されている病院の株式会社化もいずれは阻止できなくなるでしょう。
国民の誰もが等しく医療を受けることができるという、我が国が世界に誇ってきた国民皆保険制度は、4月の後期高齢者医療制度実施によって実質的に終焉を遂げると言えます。今後は医療・福祉も格差社会となるのです。金を持っているものだけは手厚い医療・介護を受けることができる。金の無くなった者はその時点で野垂れ死ぬしかないのです。

戦後の復興を担ってがむしゃらに働いてきた団塊の世代が高齢者となる今、彼らを乗せて走り出す後期高齢者医療制度。私には「シンドラーのリスト」初めナチスをテーマにした映画で目にする、働けなくなったユダヤ人を満載にした「アウシュビッツ行きの貨車」が髣髴されてしまいます。

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