投稿日:2007年11月12日|カテゴリ:コラム

東京では例年12月のクリスマスを過ぎた頃から流行するインフルエンザですが、今年はすでに10月の末に学級閉鎖の報告がありました。例年よりも早い発生の詳細な原因は不明ですが、私は異常気象によって夏の暑さが続き、10月下旬に急激に寒くなった、急激な気温変化が関係しているのではないかと考えています。
これまでに報告があった症例は昨年までと同じようにAソ連型ということですが、世界各地の流行状況から推測すると、昨年までのウィルスから変異した株と思われます。この情報を基にして、今シーズン発売されて現在各医療機関で接種しているワクチンは昨年までの株と違うウィルスの抗原に対応しています。
インフルエンザは通常1,2日の潜伏期間の後、急激に発症します。突然、悪寒、高熱、頭痛、全身倦怠感、筋・関節痛がおこるのが特徴です。その後に咽頭痛、咳や痰がでて、肺炎や脳症に発展する場合もあります。
インフルエンザウィルスは人間などのようにDNAに遺伝情報を蓄積している生き物ではなく、RNAをゲノムした生物です。インフルエンザウィルスにはA型、B型、C型がありますが、C型は特殊で一般成人にはたいした脅威にはなりませんから、問題なのはA,Bの二つのウィルスです。A型のほうがB型より強力な感染力を持っていて、症状も重篤です。
また、B型はヒトだけを宿主としますが、遺伝子が安定していてあまり変異をしないので、いったん感染したことのある人は比較的長期間にわたって免疫力を得ることができます。
これに対して、A型ウィルスはヒトだけではなく鳥類にも感染して、しかも頻繁に遺伝情報が変異するのでやっかいです。
治療薬としては現在のところ、オセルタミビル(商品名:タミフル)、ザナミビル(リレンザ)、アマンタジン(シンメトレル)があります。いずれも、ウィルスの侵入後の増殖を抑制する薬ですから、発症して48時間以内に使用しなければ効果がありません。
タミフルとリレンザはA型にもB型にも有効ですが、タミフルは若年者に異常行動をひきおこす副作用があるのではないかとの疑いが指摘されて、安直な使用が控えられています。シンメトレルはパーキンソン病や脳梗塞後遺症の治療薬としても古くから用いられている薬で、重篤な副作用も少ないのですが、A型インフルエンザにしか有効ではありません。また、ウィルスがシンメトレルに対する抵抗性を獲得してきているようです。すなわち、シンメトレルが効かないA型インフルエンザウィルスが多くなってきているのです。

さて、ここ数年世界中の医療関係者が固唾を飲んで注目しているのがA型インフルエンザウィルスに属する高病原性鳥インフルエンザ、いわゆる「鳥インフルエンザ」です。
このウィルスは強い感染力と強毒性をもっていますので、いったん流行しますと50%を超える致死率と言われています。しかし、従来は鳥類の間だけの感染しかなかったので、養鶏業者など、一部の人達だけの問題でした。
このウィルスが他人事ではなく、私たち人類全体の存亡にかかわる強敵として世界中を震撼させるようになったのは2003年からです。ベトナムを中心に養鶏業者など鳥との接触が多い人達の中にこのインフルエンザに感染、死亡例が報告されたからです。変異を繰り返しているうちに、ついにこのウィルスは鳥からヒトへの感性能力を獲得したのです。「H1N5型ウィルス」です。
WHOは2005年11月に新型のインフルエンザに対する対策としてガイドラインを作製しました。そのガイドラインではウィルスの感染性の状況を6段階に分類してそれぞれの段階での各国保健医療関係者の対策を細かく指示しています。

Phase1
ヒト感染のリスクは低い
Phase2
ヒト感染のリスクはより高い
Phase3
ヒト―ヒト感染は無いか、またはきわめて限定されている
Phase4
ヒト―ヒト感染が増加していることの証拠がある
Phase5
かなりの数のヒト―ヒト感染があることの証拠がある
Phase6
効率よく持続したヒト―ヒト感染が確立

各国の保健行政の完備度が違うために正確なヒトの感染者数は把握できていませんが、昨年までに少なくとも200名以上の人が鳥インフルエンザに感染したと考えられています。そして、致死率は70%に達するとも言われています。
何よりも恐ろしいことには2006年5月にインドネシアでヒトからヒトへこの新型インフルエンザが感染したと考えられる症例が報告されたことです。つまり、鳥インフルエンザはすでにヒトからヒトへの感染能力を持つまでに進化したということです。
しかし、この事例は拡大しなかったために、WHOは鳥インフルエンザの危険度をphase3としたままです。多くのマスメディアもこの脅威の事実を大きく取り上げませんでした。その理由は、未だ防疫や治療体制が整っていない現状で、この問題をあまり大きくとりあげると、世界中をパニックにおとしいれる危険性を考慮したものではないでしょうか。
交通手段が発達した現在、大流行の危険度がphase4になれば、あっという間にphase5、phase6になってしまいます。大流行すれば世界中で1億5千万人もの死者がでることも予想されています。タミフルなどの抗ウィルス薬を備蓄できるだけの経済力がない国の中では、phase4が宣告された際には即刻、鎖国体制を敷くことにしている国もあるようです。

10月19日付で「新型インフルエンザ(H5N1)ワクチンの製造販売が承認されたことが広報にさりげなく、ごくさりげなく掲載されました。特別扱いするわけではなく、同時に承認されたその他の医薬品と同格で並べられていました。効能効果には「新型インフルエンザの予防」とありました。このH5N1型インフルエンザとはベトナムで確認された例の「高病原性鳥インフルエンザ」のことです。
意味深なのは参考として「新型インフルエンザ対策行動計画に基いて備蓄」と書いてあります。つまり、一般の販売ルートには乗せずに、すべて国家備蓄するということです。さらに恐ろしいことに、マスコミはこの重大事実をまったくとりあげていません。
国が大金をかけてメーカーに製造させて、国家予算で買い上げるということは鳥インフルエンザの流行がかなり現実的になっている情報をつかんでいるということではないでしょうか。さらに、大きなニュースにさせないのは、国民を不安に煽り立てない配慮があるのではないかと思います。また、今回のワクチンの製造・備蓄量が、もしかすると国家の要人と天皇、皇族の分しかないのかもしれません。
そういう心配はあるものの、国がひそかに鳥インフルエンザに対する対策を進めていることは確かなわけです。タミフルも相当量備蓄しているようですので我々日本国民は世界レベルで考えれば、鳥インフルエンザの脅威からはかなり守られていると考えたほうがよいでしょう。
一方、不安な報告もあります。昨年8月、ベトナムで鳥インフルエンザと思われる症状で死亡した2名はH5N1型ウィルス陰性だったのです。すなわち、鳥インフルエンザウィルスはさらに変異をして新型のウィルスが生まれた可能性があるのです。
もしそうだとすると、一生懸命H5N1型ウィルスに対するワクチンを接種しても感染・発症をくい止められないことになります。さらに、新型ウィルスはタミフルに対する抵抗性をも獲得したという報告もあります。現在国家が推し進めている対策が徒労に終る可能性もでてきているのです。

それでは私たちはこの百ナノメーターほどの微小生物になす術もなく、壊滅状態に陥ってしまうのでしょうか。そういったことはありませんので、極端に怯えないでください。
本当に最新型のウィルス感染が流行すれば、感染・発症をくい止められないかもしれません。このインフルエンザウィルスそのものを退治するのは自分自身の免疫力が未知のウィルスを感知して交代を産生するまでの時間を待たなければなりませんが、その間におこる致死的な症状に対して有効な対症療法を提供することはできます。我が国の医療水準は世界でもトップクラスです。
鳥インフルエンザによってひきおこされる症状に対して手厚い対症療法を施せば、死に至る方はそれほど多くならないはずです。
ただし、他の病気と同様に早期発見、早期治療をしなければなりませんし、感染の拡大をくい止めることが重要ですから、鳥インフルエンザ患者を早期に鑑別診断して隔離治療しなければなりません。
そのためには、症状が似ていて鑑別しにくい通常のインフルエンザの流行をできるだけ抑えることが重要です。そのためには鳥インフルエンザには効き目はありませんが、通常のインフルエンザのワクチンを接種しておくことが賢明でしょう。
最初に書きましたように、通常のインフルエンザの型も昨年とは異なっているようですし、すでに流行の兆しがありますので、昨年インフルエンザにかかった方や昨年ワクチンを受けた方も、是非とも早急にワクチンを受けることをお奨めします。
また地味で言いつくされた防衛策ですが、帰宅時の手洗いとうがいを励行することはとても大切です。鳥インフルエンザに限らず、通常のインフルエンザ、一般の感冒などすべての病原体の侵入機会を少なくするからです。
なお、鳥インフルエンザは、狂牛病のように加熱処理した食品を食べても感染するといった病原体や感染ルートではありません。このことは肝に銘じて覚えておいて下さい。過去、O157問題の時にカイワレ大根業者を破産に至らせたような風評被害で養鶏業者や焼き鳥屋さんを窮地に追い込まないように御願いします。

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