日本では「ED」ということばが、1999年(平成11年)登場した「バイアグラ」という薬と抱き合わせのようにして広まってきました。日本語では「勃起不全」と言います。
ペニス(陰茎)は自分の目から見て上部に左右並行して走る2つの大きな陰茎海綿体(Corpus cavernosum penis)と下部にある1つの尿道海綿体(Corpus spongiosum penis)から成るスポンジのような構造です。尿道海綿体の中心を尿道がつらぬいています。ペニスも他の臓器と同じように、動脈から血液が補給されて静脈に流れさっていきます(Wikipediaより引用した図を一部改変)。
ただ、他の臓器と違うのは、先ほど説明したように、内部の構造がスポンジのようになっています。ですから、血液がサッと通り過ぎるのではなく、貯水槽のように、しばらく溜まった状態でいられるのです。
そして、TPOが整って(しばしばTPOが整っていなくても)、性的な興奮で脳が刺激されて「いざ、鎌倉へ!」という状況になると、脳からの指令が副交感神経1*を介して、海綿体に血液を補給している動脈の直径を広げることになります。
そうなると、水道の蛇口を全開にしたような状態になりますから、ペニスに向かって次から次へと血液が補充されます。
一方、出口にあたる静脈のほうには弁のような構造があって、一定の時間に排出する血液の量には限りがあるのです。つまり、この魔法のスポンジにぐんぐんと血液が溜まっていくのです。この結果、ペニスは固く、大きくなります。
この際、上部のほうにある陰茎海綿体のほうが下のほうにある尿道海綿体よりもより力強く固くなって、しかも腹筋の一部によって引っ張られるので、ペニスは上方にもちあがり、血気旺盛な若者の場合には自分のお臍に届くほどそそり立つのです。
この世をお創りになった神様は女性だったのでしょうか。オスはどんなに体裁をとり取り繕おうとしても、己の欲情を否が応でもカミングアウトさせられて、さらし者にされてしまうように創られています。
それでは、メスはセクシュアルなきもちになって、脳が盛り上がったとしても、まったく身体に変化が現れないのでしょうか。そんなことはありません。クリトリス(陰核)という部分は、発生学的にいってオスのペニスに相当します。ペニスと似た構造になっていいますから、「好きよ、好きよ、あなたがほしい」となれば、ちゃんと勃起するのです。
しかしクリトリスは、洋服屋で売れ残ったコートみたいに一年中だらしなくショーウィンドウに垂れ下がっているペニスと違って、店の奥の貴重品コーナーに密やかに備えられています。しかも、もともとの大きさが段違いに小さくて、変化も目立ちません。
男が女にくらべて嘘をつくのがへたで、すぐにばれてしまうのはこういう身体構造の違いにも表れているのではないでしょうか。
この勃起という生理現象がさまざまな原因でうまく働かなくなる状態をEDといいます。ですから、EDは男性だけに起こる病気ではなく、女性にだって起きているのです。しかし、男性がEDによって被る損失は、女性のそれに比べてあまりにも致命的に甚大です。
男性がEDの場合には、生殖行為そのものが成立しません。いくら、お相手を深く深く愛していて、お相手も強く強く愛されることを望んでいたとしても、通常交わされる愛情表現のフィニッシュを遂げられないのです。
もちろん、愛情の表現は身体を重ねるだけではありません。各人各様それ以外の方法で深く結びついているカップルもあるでしょう。とはいっても、やはり二人にとって大きなダメージです。
女性でもEDは起こります。クリトリスの勃起が不十分になります。しかし、女性のEDの場合には生殖行為そのものに与えるダメージが小さくてすみます。私は男性なので、女性がEDだとセックスでどのような損失が感じられるのかについてはよく分かりません。
しかし、正常な状態ではないので、満足感なんかに影響がでるんじゃないかなと想像しています。ただ、そういった不満足がEDのせいだと認識する女性はそう多くはないのではないでしょうか?自分自身、その変化に気付かない場合もあるでしょうし、気付いたとしても、その原因がEDだとは思わず、ほかの理由付けをして一人合点している場合もあるのではないでしょうか。
EDはペニスやクリトリスの海綿体に血液をたっぷりと溜める機能が損なわれた状態なのです。原因はいくつもありますが、一番ポピュラーなのは老化です。その次に多いのは糖尿病の神経障害です。このほかにもさまざまな病気やほかの病気の治療のために飲んでいる薬の副作用でも起きてきます。
バイアグラはペニスの血管平滑筋に作用し、血管を拡張して、EDになる前のようにたっぷりと血液を溜め込むことができるようにする薬です。バイアグラの登場は多くの悩める男性(お相手も悩んでいる)にとっての救世主となりました。しかし、医師の処方箋の基にしか購入できないのですが、保険は適用することが認められませんでしたので、患者さんの負担は重いのです。
AV男優でもなければ毎日は必要とはしないでしょうから、数錠あればある程度の期間もつはずですが、それでも数千円はかかってしまいます。
また、この薬の効果を誤解したまま、「バイアグラ」という名前だけが、一人歩きしてしまいました。つまりバイアグラを俗に言う「精力剤」や「媚薬」と混同する人が多数いました。「イモリの黒焼き」とか「オットセイの乾燥ペニスの粉末」といった類のものと同列に勘違いされたのです。
繰り返しになりますが、バイアグラはペニスの血管系に作用して、勃起力を高める薬であって、脳に働いて性欲を亢進させる作用はまったくありません。バイアグラを飲んでも、性的な興奮を感じなければペニスは平常の状態のままです。それなのにバイアグラを媚薬と勘違いする人は少なくありません。
こういった誤解のために、本来バイアグラを必要としない人達までもが欲しがったことと、購入価が高いという背景があって、薬の卸会社の配達車両からバイアグラが盗難される事件まで相次ぎました。さすがに今は車からの置き引きは少なくなりましたが、今でも、不法な金儲けの手段の一つになっています。
バイアグラは空腹時では0.8時間ちょっとで効果を発揮しますが、こってりした食事の直後だと最大の効果を発揮するのに3時間くらいかかってしまいます。血中の半減期2*は3時間ちょっと。ですから、服用する直前にはあまり食事をしないこと。効果の持続は数時間ですから、あんまり早く飲んでしまいますと、いざという時にはもう効果が薄れてしまいます。服用するタイミングが重要だといえます。
この飲みかたの難しさを軽くしたのが、2004年から我が国で発売となったレビトラという薬です。レビトラは最高血中濃度になるまでの時間が0.75時間で、食事をした後でもこの時間にあまり影響がでません。血中半減期は約4時間です。効果の期待できる持続時間はちょっと優れているだけですが、食事の影響を受けにくいという特性は夫婦生活を自然な形で日常生活の中に組み込みやすくなりました。
さて、先日シアリスというわが国3番目のED治療薬が発売されました。作用機序はバイアグラやレビトラと変わりありませんが、血中半減期が15時間弱と前の2つの薬に比べて段違いに長いのです。製薬会社の宣伝によると36時間もの長きに渡って効果が期待できるというのです。
36時間ももつ必要はないように思われるかもしれませんが、性生活に対してより自然に臨めることは間違いないでしょう。つまり、そういうチャンスが予想される場合には、日中に飲んでおけばよいのです。
せっかくシアリスを服用したというのに、就寝前はなんとなくそんな雰囲気になれなくて大事な機会を逸したとしても大丈夫。朝目覚めた時に二人がその気になったとしてもOKです。
本来、セックスは男女がその場の雰囲気でなんとなくお互いに盛り上がって、その気になって、行われる行為です。「さあやりましょう」、「今から始めましょう」、「あと何時間後に開始しましょう」、「もう時間切れが近いけどどうしよう」なんてこと考えながら行う作業ではないはずです。
それに、「さっき飲んだばかりだけど、ちゃんと効いてくれるかな」とか「だいぶ時間が過ぎちゃったけど大丈夫かな」なんて心配が頭の中をよぎると、交感神経系が緊張して血管を収縮させて勃起をしにくくさせてしまいます。心理的な勃起不全の重大な要因です。そういう意味でこのシアリスはとっても優れたED治療薬だと言えます。
ただし、シアリスはバイアグラやレビトラより血中濃度が高くなるまでに時間がかかります。予定していなかった急場に対応するには不向きなようです。一長一短。状況に合わせて使い分けることができれば最良でしょう。
私のクリニックに時々レビトラの処方を頼みに来られる高齢者の方がいらっしゃいます。「この薬をもらってから、本当に生きていてよかったと思うようになった。家内も同じことを言っている」とおっしゃいます。
しかし、この方のように堂々とお持ち帰りになる方は少数派です。多くの方は、なにか悪いことをしているかのように、恥ずかしげにお申し出になります。窓口で薬を受け取るときは緊張のあまり顔が引きつってしまう方もいらっしゃいます。
何も恥ずかしがる必要はありません。性行為と、そのために必要なペニスの勃起は男にとって生理的でとても大切な機能です。このての薬は男性にとって人生を充実させてくれるすばらしいアイテムです。ひいてはお相手の女性にも幸せをもたらすことになります。
ただ、この薬が幸せをもたらす絶対条件は、二人が精神的に深く結びついているということです。精神的な愛情を身体で表現するための手助けをしてくれるだけです。ですから、二人の間の愛が失われてしまったならば、シアリスを山ほど飲んだとしても、その愛情を補給してくれることはありません。お忘れなきように。
最後に一言御注意申しあげます。バイアグラ、レビトラ、シアリスはその人の健康状態や他の薬との飲み合わせによっては危険な副作用を引き起こすことがあります。安いからといって、裏ルートで入手して勝手に飲むのは危険ですから絶対におやめください。
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1*自律神経系(Autonomic nervous system)とは、末梢神経系のうち植物性機能を担う神経系であり、動物性機能(筋肉を動かしたり、感覚を中枢に伝える)を担う体性神経系に対比される。自律神経系は内臓諸臓器の機能を調節する遠心性神経系と内臓からの情報を中枢神経系に伝える求心性神経系という二つの系からなる。このうち遠心性自律神経は交感神経系と副交感神経系という二つの相反する効果を示す神経系から成っている。身体の諸臓器の大半は交感神経系と副交感神経系のバランスによって機能調節されている。
2*薬物血行動態を表す指標のひとつ。薬物を服用して血中に移行し、血中の濃度が最高値になった時から、その値が1/2になるまでの時間で薬物が体内にとどまって効果を発揮し続ける長さを比較する場合に用いる。なぜ、血中の値が0になるまでの時間で表さないかというと、物質の検出・定量には技術的な限界があるためにきわめて微量になると誤差が大きくなってしまうために、正確にとなる時点を決定することは不可能である。したがって、比較的制度誤差の少ない1/2の値になる時間を用いる。
放射性物質の崩壊時間が半減期で言い表されるのも同じような理由からである。