複雑な構造を持った生物が、環境の変化や新たに出現するかもしれない敵に対抗して種を保存するためには、遺伝情報の多様性が必要だということはお話しました。
つまり、人間の場合でいえば、ヒトとしては共通の遺伝情報を持ちながらも、そのなかでいろいろな個性のヒトがいた方が、ヒトという種がこれからも地球上で生き延びていくためには有利なのです。
「生命」というと、私たちはどうしても自分たちひとりひとりの一生を基準に生命を考えてしまいますが、神(宇宙)から見たら、私たち個人の生命なんてたいした問題ではないのです。大金持ちだったとか、勲章貰ったかどうかなんて、まったく問題にされていません。長い歴史の中のほんの一瞬、前の世代から次の世代に遺伝情報を伝える役割を与えられた乗り物みたいな存在です。
ヒトに限らず、この世の生き物はすべて、種としての生命を脈々と保存していくことが宇宙から与えられた一大使命なのです。そして、この目的のために、より多様性が要求される生き物むけに考案されたのが「有性生殖」です。
有性生殖は自分自身が分裂して増えていくのではなく、二つの固体がおたがいの遺伝情報を交換して、あらたな固体を生みだす方法です。
ゾウリムシは普段は無性生殖で、分裂をくりかえして自分のコピーを増やしているのですが、時々ふたつの固体がくっつきあって、核を合体させてお互いの遺伝情報を交換しあうのです。これは接合という原始的な有性生殖です。
つまり、ふだんは数を増やすという点で圧倒的に優れている無性生殖をしているのですが、時々多様性の獲得に優れている有性生殖をして環境の変化に備えているのです。
高等生物とよばれる複雑な構造をもった生き物は植物でも動物でも、さらなる工夫をして、生殖を担当するエキスパートの細胞(生殖細胞)を作りました。しかもその生殖細胞も運動能力のない大型の卵子と運動能力のある小型の精子という2種類に分けました。卵子を持つ個体がメス(雌)、精子をもつ個体がオス(雄)というわけです。
メスの性染色体がXXで、オスはXYであることは中学や高校の理科で習ったと思います。ほかの染色体はみなXXの形をしていますから、オスのXYという性染色体はかなりできそこないの染色体みたいです。
極論をいえば、生命の本来の姿はメスであり、メスになりそこねた、なれの果てがオスと言えるかもしれません。実際、卵子は母親の遺伝情報を持っているだけではなく、受精した後に分裂して、あらたな生命体になる能力を持っています。メスはまさにすばらしい「産む装置」なのです。
一方、「産ませる装置」のオスの精子は父親の遺伝情報以外には、卵子にたどり着くまでの長い道のりを泳ぎきるための運動装置を持っているだけで、自分自身は新たな生命体を産み育む能力はまったくありません。情けない代物ですが、産ませるためのスペシャリストとも言えます。
ヒトの場合、生まれたての女の子は、約100~200万個の卵子の元になる細胞を持っています。その後、なんらかの基準によって取捨選別されていき、思春期までには4万個ほどに減ってしまいます。さらに、一人の女性から一生の間に、実際に卵として排卵される栄誉にあずかるのは400個ほどにすぎません。ほかの細胞は本来の役割を果たすことなく、死滅してしまうのです。
おそらくは適者生存の原理にもとづいて、優秀な卵子が生き残っていくのだと思います。美しく、穏やかそうに見える女性の身体の中で、東大受験なんかよりはるかに凄まじい競争が行われているのです。
しかも、せっかく排卵にまでたどり着いたとしても、丁度その時に、お相手になる精子との出会いがなければそのまま死滅してしまうだけです。もし、仮に一人の女性が一生に2人の子供を産んだとした場合、その二人の子は100万分の1の競争を勝ち抜いた卵の業績なのです。
男の場合には、その競争はさらに熾烈です。精子は大体10歳くらいから1日に約5000万~数億個作られます。実際にお役に立とうが立つまいがおかまいなしに、今か今かと出番を期待して、ひたすら毎日製造され続けます。
しかしその大部分は役割を果たすことなく、賞味期限をすぎて死滅していくのです。男子の人生を70年と仮定すると、一人の男が一生のうちに作る精子の数は1兆~2兆個にもなります。
うまいこと射精の機会に遭遇することができる精子はとんでもないラッキーボーイ達といえます。1回の射精で約1億個のラッキーボーイ達が卵子をめざして喜び勇んで、飛び出していきます。おのれの持つ鞭毛という尻尾の推進力だけを頼りに、懸命に卵子とのおちあい場所である卵管をめざして子宮の中を泳ぎます。
しかし、この旅はたいした防御装置も持たず、ただひたすら猛進する精子にとっては過酷な旅なのです。約束の地にたどり着けるのは逞しい数百個だけです。しかも残酷なことに、全力を使い果たしてやっと目的地にたどり着いた猛者たちの中で遺伝情報を伝えるという本来の使命をまっとうできるのは、たった一人の選ばれしものだけなのです。
一個の精子が卵子に突入する(受精)と、卵子は瞬時に硬い壁をはりめぐらして、その後に突入を試みる精子をすべて拒絶してしまうのです。一人の男性が二人の子供を作ったとすると、精子の立場から見た場合、栄誉ある受精に成功する精子は1兆分1の競争社会の勝者といえます。
あなたも私もこういう天文学的な確率の競争を勝ち抜いて生まれてきたのです。さらに、現在世界の人口は65億人を超えています。男女半数としても一人の男性と、一人の女性が出会う確率だって大変なものです。
大いなる、そして不思議な力に導かれて出逢った男女が、さらに男性の側で1兆分の1、女性の側で100万分の1の確率の偶然で私は私として、あなたはあなたとして生まれてきたのです。
ひとりひとりが天文学的な偶然と競争の積み重ねをへて宇宙に選ばれた、貴重なオリジナル作品なのです。ですからつまらないことで勝った、負けたと他人と比べるのはよしましょう。ほかの人と違っていることが当たり前なのですから。