投稿日:2007年5月7日|カテゴリ:コラム

日々診療をしていると、患者さんから質問されて答えに窮してしまう場面がよくあります。そのうちのひとつが「このお薬は強いんですか?弱いんですか?」という質問です。

すべての薬は量的な側面と質的な側面をもっています。ですから、質を度外視されて、ただ量的に強いか、弱いかと聞かれても答えようがないのです。極端な例ですが、胃薬と風邪薬を並べられて、どちらが強いか答えろと言われても答えられる薬理学者はいないんじゃないでしょうか。

さすがに、胃薬と風邪薬を同列に考えている方はめったにいらっしゃいませんが、私たちメンタルクリニックで処方する薬はしばしば十把ひとからげにされてしまいます。

一般的に精神に作用する薬はなんとなく「安定剤」というあやふやなことばで一くくりに考えていらっしゃる方が多いようです。精神に作用する薬を正確に一括すると「向精神薬」と言います。そして向精神薬にはいくつものグループの薬があります。それぞれ狙っている治療効果も違いますし、副作用も異なります。

睡眠導入薬もこの向精神薬のひとつのグループです。前にお話したように、現在我が国で承認されて販売されている睡眠導入薬は14種類あります。ここでまた問題になるのが「強い、弱い」論争です。

「おなじ作用の薬、つまり同じ質の薬なんだから、今度こそどの薬が強くて、どの薬が弱いかちゃんと答えろ」と言われるかもしれません。ところが、そう簡単にはいかないのです。

薬理学的には薬の作用の強さを「力価」と言います。すなわち、薬の持つひとつの作用の量的な尺度です。ある一定の量、たとえば1mgでどれだけの効果を発揮できるかという指標です。この指標をつかって判断すれば、たしかに14種類の睡眠導入薬について、眠りやすさの強さを正しく順位付けすることができます。

しかし、皆さまが私に回答を要求する質問内容は、目の前にある一つの錠剤の強さなのです。こうなるとじつに難しい。

力価の高い、いわゆる強い薬は、少ない量の成分で1錠にしています。一方力価の低い、弱い薬は大量の成分をまとめて1錠を作っています。錠剤はそのすべてが、効果を発揮する成分でできた塊ではありません。丁度、口に入れて飲みやすいような大きさになるように、毒にも薬にもならない成分を加えて、あの大きさ、形にしているのです。

ですから、錠剤どうしを比較するとなると、どの薬もほとんど同じ強さになってしまいます。というか、同じくらいの強さになるように作られているのです。これは睡眠導入薬に限ったことではありません。ほかの種類の薬もだいたい同じことが言えます。

そうなると、14種類の睡眠導入薬は質的にも量的にも同じようなものなのだから、どの薬を使ったってかまわないじゃないかという話になりそうですが、、そんなに簡単にはいかないのです。

14種類の睡眠導入薬は、眠りやすくさせる効果はほぼ同等であっても、副作用をはじめ、その他のいろいろな性質が異なっています。つまり、治療効果以外の作用という点で、またもや質的にも量的にも違いがあるのです。

そういう眠りやすくさせるという作用以外の種々の性質のなかで、睡眠導入薬の場合に重要になってくる性質は薬が効いている時間、「作用持続時間」だと思います。

薬の大半は肝臓で代謝(化学変化)されて腎臓から尿と一緒に排泄されます。肝臓での代謝のされ方や、代謝されて変化した物質がどういう性質をもっているかによって薬の効いている時間が大きく違ってきます。

寝つきだけが悪い人は作用持続時間が短い薬がよいでしょう。次の日の朝にすっきりと目覚められます。しかし、いったん眠った後も、ちょこちょこ目が覚める中途覚醒や浅眠をともなう人には、作用持続時間が長い薬があっているように思います。私たちが薬を選択する際にはこのほかにも、いろいろな要素を考えて処方をしています。

皆さまも睡眠導入薬を処方してもらう際にはただ「眠れない」と言うだけではなく、ぜひとも自分の不眠の状態を詳しく報告して、自分にあった薬を自分にあった量だけ処方してもらうようにお気をつけください。

最後にもう一言ご忠告。このグループの薬はどういうわけか子供や高齢の方には通常とは逆の作用をひきおこすことがあります。つまり、眠りやすくしてくれるのではなく、興奮させてしまうことがあります。

「うちのおばあちゃん、ちっとも眠ってくれなくて、夜になると騒いで困るんです。」「お医者さんからも安定剤もらって飲ませているんですけれど、全然効かないんです。」私が受ける相談の中に時々こういうケースがあります。

よく聴いてみると、このての薬のことをよく知らない医師に「安定剤」と称して睡眠導入薬を処方されている場合が少なくありません。こういう場合、その薬をほかのグループのお薬に換えると、ぐっすり眠っていただけます。時には今まで飲んでいた「安定剤」を中止するだけで夜中の大騒ぎから開放されることがあります。たかが薬、されど薬。

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