投稿日:2007年4月30日|カテゴリ:コラム

薬に対するイメージは人それぞれです。薬大好き人間、口コミやテレビで「○○○という症状には×××という薬が効く」と耳にするやいなや、病院や薬局に駆け込んで飲みはじめる。やがて毎日飲まなければならない薬が山のようになって、食事よりも多くなってしまう人がいます。

一方、薬は怖いもの、いわば毒であると信じている人もいます。そういう方が時々私のクリニックにもいらっしゃいます。薬を飲めば速く治りそうな症状をいろいろと訴えられているにもかかわらず、いざ「お薬をだしましょう」と言うと、「なんとか薬ではない方法でよくしてください」とおっしゃる。

そういう方には「私は魔法使いではありません」とお答えすることにしています。ちなみに、そういう方に限ってサプリメントや△△△茸などといった得体のしれない化学物質を盲目的に愛用されていることが少なくありません。

私は薬とは人間が必要上、考えて作りだした便利なアイテムのひとつだと考えています。家屋や衣服なんかと同じです。

動物は春と秋に毛が生え変わって、夏は暑さに適した夏毛、冬は寒さに耐えられる冬毛になります。そして、暑いときはなるべく日陰で風通しのよいところを探しだして、体力を消耗しないようにじっとしています。冬は木枯らしをさけつつ、わずかな太陽の恵みを求めて日向ぼっこを楽しみます。

ところが人間はそうはいきません。冬になっても体毛は生えてきませんし、地球温暖化だろうがなんだろうが夏も冬も会社に行ってタイムカードを押さなければ生きていけません。ぬくぬく日向ぼっこなんかしていたらすぐにくびになってしまいます。

そこでやむなく考え出したのが衣服です。暑い時期には公序良俗違反にならない程度の衣類をまとい、寒い冬には各関節の動きが障害されない程度に重ね着をして対処しているのです。雨に対処するための傘なんかもすばらしいアイテムですね。薬も衣服や傘と同じように人間が快適に生きていくために考えだしたとても便利なアイテムだと思います。

薬は先人たちの苦心の賜物ですが、しょせん人間が考えだしたアイテムに過ぎませんから万能ではありません。どんな病気も最終的にはその人の自然治癒力がなければ治りません。薬はその自然治癒の手助けをして、病気の苦しさを軽くして、苦しい期間を短くしてくれるだけと言ってもいいかもしれません。

したがって、病気にかかったからといって、なにがなんでも薬を飲めとは申しません。ただ、医学を学んだ者として適当と考えられるお薬をお奨めするだけです。真冬でもタンクトップで頑張る。雨が降ったって傘なんかささない。

そういう信念の方がいらっしゃったっていいわけですから。

さて睡眠薬の話にはいります。不眠という症状に対応した薬、つまり眠るための薬を睡眠薬と呼びます。太古の時代から19世紀までの間、人類が眠るための薬として使っていたのは阿片(麻薬)とアルコールであったようです。20世紀にはいってまもなく、バルビツレートという薬が開発されて、睡眠薬の主流となりました。

このグループの薬は脳全体を抑制します。したがって、眠らせるというよりは意識を失わせるといったほうが適当かもしれません。事実このグループの薬は静脈注射をすれば麻酔薬として使われています。大量に飲んでしまいますと、呼吸中枢をも麻痺させて、呼吸を止めてしまうために死に至ってしまいます。このために睡眠薬は怖い薬というイメージができあがってしまいました。

1960年代にベンゾディアゼピンというグループの薬がつぎつぎと開発されました。このグループの薬の中で眠りを誘う作用が強いものがバルビツレートに替わって、あっという間に睡眠薬の主流におどりでました。主役交替の一番の理由は安全性が高いということです。

バルビツレートのように脳全体を抑制するのではなく、脳の中の不安や緊張を軽くして、眠りやすくする部分に集中して効果を発揮するために、相当大量に飲んでしまっても呼吸が止まって死んでしまうことがありません。

また、通常に飲む量であれば、意識を失わせるのではなく、眠りやすくする、子守唄のような作用をする薬です。したがって、従来のバルビツレートと区別するために睡眠薬とは呼ばず、「睡眠導入薬」と呼ぶほうがよいと考えます。

このほかに、日本では医薬品として承認されていませんが、欧米ではメラトニンという物質が睡眠薬として用いられています。メラトニンは脳の化学伝達物質のひとつで、他の薬のように本来我々の体に存在しない化学物質と違って、生理的に私たちの脳の中に存在する物質です。このため睡眠に限らず、種々の障害に対する理想の薬ではないかと考えられて、一大ブームを巻き起こしました。

当時はインターネットで個人入手する方、アメリカ旅行のお土産にメラトニンを大量に買って帰る方がいましたが、一時のブームは過ぎ去ってしまったようです。しかし、単純に睡眠薬というよりは脳の体内時計の調節に有効だという研究もありますので、今後とも地道な研究が待たれる物質です。

というわけで、現在、我が国の不眠の治療薬はベンゾディアゼピン系の薬物を中心とした14種類の睡眠導入薬です。とても安全で、便利なアイテムですが、14種それぞれに特徴がありますので、体質や不眠のタイプによる使い分けが必要です。どうしても眠れなくてお困りの方で、なおかつ薬を飲んでもかまわないという方は、是非とも専門医に相談して、ご自分に合った薬を処方してもらってください。

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