投稿日:2007年4月16日|カテゴリ:コラム

不眠の晩が少なくとも週に3晩以上で、しかも1ヶ月以上続く場合に初めて不眠症という診断がくだされるということはすでに説明しました。そして、そうなってしまった時に自分で工夫できる方法については前回紹介しました。

自分のこれまでの生活をふりかえって、睡眠によくない影響をおよぼしていた生活習慣を改めて、ここちよい眠りをいざなうような工夫を試みたあげく、どうしてもぐっすり眠れないで、昼間の活動に支障をきたす場合には、それ以上むだなあがきをしないで、さっさと専門医の門をたたきましょう。

一般にしばしば見られるまちがった対処法のひとつがアルコールです。お酒を睡眠薬代わりに使う方法です。

アルコールという薬物は適量だととても身体によい作用を発揮します。たしかに、脳をリラックスさせて軽やかに睡眠へいざなってくれます。このほかにも血管を開いてくれますので、血圧をさげて、血行をよくしてくれます。胃や腸などの消化管の動きをよくし、消化液の分泌も促進しますから食欲をまして消化を助けてくれます。腎臓の働きもよくなりますので、尿をたくさん作って、どんどん排泄する作用もあります。

こう書くと、良いことずくめ、最高の薬じゃないかと思われるでしょう。たしかに、量を誤りさえしなければ、昔から「酒は百薬の長」といわれているように、とてもすばらしいお薬です。

それならば不眠の時は睡眠薬なんかよりもお酒を飲んだほうが、体に良いんじゃないかと考えるでしょうが、そうではないのです。

アルコールは量を越すと適量のときと反対の作用をしめすのです。つまり、心臓がドキドキと速くなって、血圧が上がり、胃腸が過剰反応して吐いてしまう。翌日は下痢することもあります。肝臓もくたびれはてる。

脳に対しても強い抑制作用をしめして、睡眠ではなく意識障害をひきおこして、普段の人格からかけ離れた行動をとらせたり、記憶に関係する海馬という部位を強く抑制するために、健忘という症状をおこすことがあります。

虎になってお店で暴れたり、どうやって家へたどり着いたのかわからないが、翌日自分のベッドで裸で目を覚ますといった危ない行動へと走らせるのです。これが昔から「酒はきちがい水」と言われているゆえんです。

アルコールにかぎらず、どんな薬物も適量を超えた量を摂取しますと都合の悪い作用(副作用)をひきおこします。この量を中毒量といいます。つごうの良い効果があらわれる量とつごうの悪い効果が出てしまう量との幅が広い薬ほど安全で使いやすい薬といえます。ちなみに中毒量のほうが治療量よりも小さいものは薬物とは呼ばずに毒物と呼びます。

アルコールはこの安全性を示す幅が極端に狭いのです。また、適量の個人差も大きいのです。すなわち、「百薬の長」と「きちがい水」との差が狭くて、しかもどこで逆転するかが人によって大きく異なるのです。したがって、薬物として考えた場合には、アルコールは極めて使いにくい薬といわなければなりません。

アルコールは依存という厄介な性質も強くもっています。初めのうちはグラス一杯の水割りで快適に眠れていたのに、だんだんと効かなくなってきて、グラス二杯、三杯と増えていき、そのうちに一晩でウィスキーのボトル半分が空になってしまうといったことになりやすいのです。嫌なことを酒でまぎらわすことが多いため、量が増えて依存しやすくなるのでしょう。

だいたい、深夜に酒を一人で飲むということ自体、かなり不健全な行為です。一人で杯を重ねていくと愉快になっていくことはあまりありません。たいてい不愉快でろくでもないことを考えて、それを打ち消すためにさらに飲む結果に陥りやすいと思います。

事実、アルコールデプレッションという言葉があります。長期にわたってアルコールを飲み続けると、抑うつ状態になることがあるのです。数人の仲間と宵の初めから始めて、深夜に及ぶことなく飲み終わることをお奨めします。

それぞれの適量にあわせたピッチで飲みながら友と語りあうと、ふだん脳全体を押さえつけてブレーキをかけている脳の部分が真っ先に抑制されますから、お互いが本音をぶつけ合って、会話が弾み、より円滑なコミュニケーションがとれます。

本音がでますから、嫌いな奴と飲んでいると喧嘩になってしまう危険性があります。職場の飲み会など、メンバーの選択が許されない酒席でよく見られる光景です。よりよい人間関係を作るために企画された会であるのに、かえって以前にもましてギクシャクすることになってしまいます。

酒といかにかかわるか、というテーマは哲学的側面をもっています。つまり、酒が主役になるか、自分が主役になるか、というテーマです。「人生と友を楽しむために酒を飲む」お酒だって、そんな人に飲まれたいのではないでしょうか。まかりまちがっても、睡眠薬代わりに飲まれたくはないはずです。

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