投稿日:2015年11月16日|カテゴリ:コラム

皆さんは自分の体は自分だけのものと思っているのではないか。確かに、臓器移植を受けた人以外は頭のてっぺんからつま先まで自分であって、他人の体が入り込んでいるようには見えない。脳が作り出す、「自分であるという意識(自我)」が身体髪膚を支配している。
だが本当は、体の内外の表面には実に数百兆個もの細菌が住み着いている。内外の表面とは奇妙な言い回しと思われるだろう。わざわざ内外とことわったのは、私たちの体が竹輪のような筒状の構造をしているからだ。皮膚や眼球角膜、毛髪などは表側の表面なのだが、口から肛門までの消化管は実は体外なので、消化管の表面は内側の表面と言える。
皮膚全体には150種類ほどの細菌が約1兆個程度常在している。もっとも多いのが表皮ブドウ球菌とアクネ菌(ニキビの原因菌)。皮膚は様々な病原菌の侵襲を受けやすい場所だが、こういった常在菌がより恐ろしい最近の定着、侵入を防いでくれている。思春期の一時期、ニキビは我慢しなければならないのかもしれない。
鼻腔から口頭までの上部呼吸器系には表皮ブドウ球菌やコリネバクテリア属の細菌が常在してやはり病原性の高い細菌の侵入を防御している。これらの常在菌といえども気管、気管支、肺に到達すると私たちに悪さをしてしまうが、通常は気管支表面に生えている繊毛の押し戻す運動によって気管支領域には入って来られない。
膀胱内部は無菌である。したがって健康な人の尿は細菌学的には極めて清潔と言える。清潔な水が手に入らない状況で怪我をした場合、創部を尿で洗浄することがある。
しかし膀胱の入り口の尿道口は肛門に近いこともあって多数の常在菌がいる。その多くは大腸菌と乳酸桿菌だ。女性の場合は尿道口に加えて膣に大量の乳酸桿菌が棲みついている、そして剥がれた膣細胞の中にあるグリコーゲンを分解して乳酸を作る。この乳酸によって膣内はpH4.7程度の酸性に保たれているので、大腸菌など乳酸桿菌以外の常在菌や病原菌は侵入・生息することができない。
様々なものが出入りする消化器系は細菌のパラダイスである。
まずは口腔。歯垢、歯肉、口蓋、舌、頬の粘膜などには少なくとも100種類以上、100億個程度の常在菌がいる。これらの常在菌も外からの病原菌の侵入を防いでいるのだが、自分たちが生きていくために糖を分解した結果産生される酸は歯のエナメル質を溶解してしまうので齲歯(虫歯)の原因となる。
次に胃だが、ここは胃液のために強酸性の環境なので、そのような過酷な環境下で生きられるピロリ菌のような特殊な細菌しか存在しない。ピロリ菌はアルカリ性の粘膜のコートをまとうことで胃液の侵襲を防いでいる。どうもこのピロリ菌は我々には友好ではなく胃潰瘍、胃癌の原因となっているようだ。日本人成人の半数はピロリ菌を持っている。
最後に腸。胃に近い十二指腸の常在菌は少ないが小腸から大腸へと下部に近づくにつれて膨大な数の常在菌が生息する。腸の常在菌を腸内細菌と呼んで、今その役割が注目されている。
腸内細菌の多くは酸素のあるところでは生育できない嫌気性菌。大腸の腸内細菌は100兆個以上と言われている。よく、ウンコは食べ物の残渣だと思っている人が「全然食べていないのになぜウンコが出る?」と不思議がるが、絶食してもしばらくの間はウンコは出る。なぜならば私たちの糞便の1/3~1/2はこれら腸内細菌やその死骸だからだ。
腸内細菌は小腸のバーネット細胞という細胞を刺激して病原菌を攻撃する抗菌ペプチドを分泌させる。また、腸内細菌は小腸粘膜下にあるリンパ小節の樹状細胞を刺激する。するとその樹状細胞はB細胞を刺激してIgAという抗体を産生して病原菌を攻撃する。さらには腸内細菌自身が抗菌ペプチドや抗菌たんぱく質を産生分泌することによって直接病原菌を攻撃する。
こうして腸内細菌は、食べ物と一緒に侵入して重大な病気を起こす危険な病原性細菌から私たちを守っている。腸という竹輪の内側の空間における強力な警察官の役割を果たしてくれているのだ。
警察官の役割だけではない、私たちの健康に重要な葉酸、パントテン酸、B2、B6、B12、K、ビオチンといったビタミンは腸内細菌たちが産生している。
腸内細菌が私たちに提供してくれる物質はビタミンにとどまらない。私たちが生きていくために必要な20種類のアミノ酸のうち必須アミノ酸と呼ばれるフェニルアラニン、ロイシン、バリン、イソロイシン、スレオニン、ヒスチジン、トリプトファン、リジン、メチオニンの9種類は自分の体内で作ることができない。このアミノ酸を補給してくれているのが腸内細菌。食べ物を分解してこれら必須アミノ酸を産生して供給してくれる。私たちにとっての欠かすことのできない栄養士でもある。
さらに最近の研究で、腸内細菌が食物繊維から作る酪酸が自己免疫性の大腸炎を防ぐことが分かった。同じように産生される酢酸は白色脂肪細胞に作用して脂肪細胞が細胞内に脂肪を貯めこむ機能を抑制する。つまり肥満を防止する。

これまで細菌は私たちの健康を害する敵と考えられてきた。しかし、よく調べてみると私たちの体の表面に常在する膨大な数の細菌たちの多くはむしろ私たちの健康にとってなくてはならない存在であることが分かってきた。
何十万年もの時間を経る中で、共に同じところで生活をする共生という道を選んだ私たち人類とその常在菌。その多くは、私たちが棲むところと食材を提供するだけの片利共生ではなく、相互に利益を分かち合う共利共生なのだ。
もう一段飛躍して考えれば、私という一見、一つのヒトという固体に見える存在は、実はヒトと数百兆個の常在細菌たちとの集合体と考えることもできるのではないだろうか。

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